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Post-Pandemicアメリカ大学事情「光」「真実」などモットー再起動なるか,使命を終えるかの瀬戸際(前編)...他の国の大学は言うに及ばず


はじめに

本稿はTOEHL Web Magazineの連載コラムFor Lifelong Englishに2021年1月に掲載した記事です。執筆したのは2020年12月、COVID-19 Pandemicも2021年度中には終息し、アメリカの各キャンパスも再開され留学生も戻ることを予想し書いたものです。残念ながらこの年も終息しませんでしたが、2024年4月現在は正常に戻りつつあります。4年前の記事ですがアメリカの大学、大学院に留学する際の大学選び、願書提出時などに役に立つ情報かと
思います。元々は「アメリカ留学 2021✓項目(1)University Mottoes―Lux(Light)、Veritas(Truth)の再起動(Restart)なるか?」というタイトルでしたが、手直し、かつ(前編)(中編)(後編)3部に分けてお届けします。今回はその(前編)です。



大学のモットー(mottoe)とは、その重要性、最高学府としての約束


筆者は1962年に慶應義塾大学文学部に入学しました。高校2年生の時、大学案内書で目にした“Calamus gladio fortior”(The pen is mightier than the sword)というmottoに惹かれたからです。創始者の福澤諭吉先生が、戊辰戦争中に目と鼻の先で繰り広げられていた戦いに目もくれず、将来の日本を見据えて塾生とともにウェーランド経済書を読んでいたというエピソードに感動しました。“The sword”(武力・暴力)ではなく“the pen”(学問・言論)を磨くことを説いています。(*1)

改めてmottoの定義を確認してみましょう。Lexico.comには、"A short sentence or phrase chosen as encapsulating (=enclosing)the beliefs or ideals of an individual, family, or institution."「個人、家族、機関の信念または理念を取り入れた文または句」とあります。大学のmottoesはそれぞれの教育理念を反映し、それに沿う教育の提供することを約束する宣言と捉える事ができます。(*2)教育の最高学府としてそれに応えなければなりません。然もなければ、権威と信頼を失い、若い純真な心を裏切ることになるからです。

魅力ある大学は魅力あるmottoeの下魅力ある教育、研究に勤しむ、著名校のmottoesのLux, Veritasとは?


COVID-19 Pandemicに苛まれる中、世界中の大学の正念場が続きます。アメリカ留学を目指す読者には、アメリカの大学の動向が気になるところです。志望大学を選考する際の予備知識として、どのようなmottoを掲げ、教育・研究にどう活かされてきたかを押さえておくとよいでしょう。魅力ある大学は魅力あるmottoを掲げ、それに見合う教育・研究活動の遂行に邁進しているからです。志望大学のofficial siteにはその詳細がある筈です。ちなみに、それを踏まえて志望動機書のエッセイを書くと説得力も増します。アメリカの大学の典型的なmottoesには、以下の伝統校のそれに代表されるように、Latin語の“lux(光light)”と“veritas(真理truth)”の2語が目立ちます。

Harvard University: Veritas(Truth)

Yale University: Lux et Veritas(Light and truth)

Princeton University: Dei sub numine viget(Let there be light)

Columbia University : In lumine tuo videbimus lumen(In Thy light shall we see light)

Harvard University(1636年創立)、Yale University(1701年創立)、Princeton University(1746年創立)、Columbia University(1754年創立)などの東部Ivy Leagueに属する伝統校は、いずれもキリスト教神学の伝統を受け継いでいることから、(*3)mottoesに掲げる“lux”や“veritas”は聖書The Bible(旧約Old Testament & 新約New Testament)から取られたものと思われます。

それぞれの英訳の“light”と“truth”を、King James Version The Holy Bibleに照らし合わせると、以下2例のように、聖書の複数箇所で見つかります。

He that walketh uprightly, worketh righteousness, and speaketh the truth in his heart(詩篇Psalm 15:2)

And God said, Let there be light: and there was light.(創世記Genesis 1:3)

実際に、Columbia Universityのmotto “ In lumine tuo videbimus lumen”(Thy light shall we see light)は、詩篇Psalm 36:9そのままです。同じく、University of Californiaの “Fiat lux”(Let there be light)も、創世記Genesis1:3をそのまま取っています。

聖書の影響もあるが、17世紀、18世紀の啓蒙思想影響も


聖書の影響は明らかですが、アメリカの伝統校の多くは17世紀、18世紀、19世紀前半に創設され、この時期ヨーロッパで起こった啓蒙思想enlightenment(*4)が、1789年のフランス革命と1776年のアメリカ独立戦争をもたらしたと言われ、同時期に創設されたこれらアメリカの大学もその影響を受けたと推察されます。

よって、これらの大学のmottoesにある“lux(light)”と“veritas(truth)”に“enlightenment”の思想が加味されたのではないでしょうか。University Mottoesと称するサイトには、勿論、“lux”と“veritas”以外の言葉も見られます。しかし、圧倒的に多いのは“lux”と“veritas”で、それ以外の言葉も、後述する通り、これら2語の関連表現であるように思われます。

ともあれ、いかなる大学も、それぞれが掲げるmottoを大切にしながら、移りゆく時代の変化に対応しつつ教育・研究機関としての社会的責務を果たしてきたことは確かです。アメリカの大学が世界に君臨し、国内外から多くの学生や研究者を集めて来たのは、多くがmottoesに沿う教育・研究の場を提供してきたことに成功の秘訣があったと言えます。

筆者をアメリカ留学に踏み切らせたのはアメリカの大学のmottoesだった

しかしながら、日本でアメリカの大学が人気を集めるようになったのはここ半世紀程度のことではないでしょうか。今から約50年前の1960年代後半のことですが、アメリカ留学を公言した筆者に返って来たのは、「え、イギリスじゃないの?アメリカ?どうして?」という驚きの声でした。(*5)当時、留学と言えばヨーロッパ留学が主流であったからです。筆者の専攻が英文学であったので殊更にそうした反応が返ってきたのかもしれません。「アメリカ留学から帰ってきても(教職の)仕事は無いよ」との気遣う声さえありました。そういう筆者自身、TOEFL®テストの存在を初めて知ったのは1967年のこと、最初はアメリカなど目もくれずにイギリス留学を考えていたのです。しかし、アメリカ文化センターに足を運び、アメリカの大学の案内書(school catalogues)を読むうちに、それぞれのmottoやカリキュラムに惹かれ、迷わずアメリカ留学に踏み切りました。現実に立ち向う姿勢を強く感

話を戻すと、17世紀から18世紀の時点で、創設されたばかりのアメリカの大学も、古代・中世に創設されて既に数百年の歴史を持っていたヨーロッパの大学も、啓蒙思想の影響を受けたという点では同じstarting pointに立ったことになります。両者とも“enlightenment”的ニュアンスが色濃い“lux”と“veritas”を mottoesに掲げて歩み始めることになるのです。しかし、そこからは、それぞれの社会の理念とともにそれぞれ独自の解釈が施され現在に至ります。

聖書やヨーロッパの啓蒙主義の影響を受けつつもアメリカ独自のプラグマティズムが加味される


別稿「アメリカの諸分野に影響を与えたPragmatism (プラグマティズム)について」で述べた通り、アメリカ社会は、建国より培ってきた実用性を重んずる伝統を背景に、約100年後の1870年代に pragmatismの哲学ムーブメントの流れが生まれ定着します。(*6)その基本概念をおさらいすると、

「考えや命題は、十分に機能し、実用的であれば、真実である。 真実とは機能する物事である(The truth is what “works”)。真の仮説は実用的である(true hypotheses are useful)。 理論(theory)と実践(practice)を分け、知識(knowledge)と行動(action)を分ける二元論に対し、実践と行動こそが理論と知識の礎である。」(*7)

ということです。(2020年12月記)


別稿(中編)ではアメリカの大学のmottoesに見られるpragmatismについてもう少々説明します。



(*1)1839年に英国劇作家Edward Bulwer-Lyttonが述べたと言われています。普通名詞にtheを付け、その名詞が象徴する事象を指すmetonymy(換喩)の一例です。紋章、紀章、ロゴはmetonymyの宝庫です。慶應義塾(1858年)の開塾直後の明治維新で施かれた廃刀令(1871年)で、それまで武士の魂と言われて日常生活に溢れていた刀が消えましたが、この格言の影響でしょうか。Gun Control in the U.S.で記されているように、現在でも民間銃規制が緩い社会とは対照的です。
(*2)J. L. Austin流に言えば、誓約(promise)は“a speech act”です。約束という行為(act)は〜を約束する と発言する事で成立します。例えば、結婚という行為は結婚の誓約で成立します。公的機関や人物の公的な提言等の多くはspeech actsです。Mottoesも含まれます。英語学習にも重要な概念です。これについてはいずれ述べます。
(*3)Harvard Divinity School、Yale Divinity School、 Princeton Theological Seminarなどのプロテスタント神学校は有名です。
(*4) history.comより。
(*5)筆者がGeorgetownの博士課程在学中の1975年のことですが、同年のSorbonne夏季講習に参加して帰って来た大学院生が、筆者もSorbonneで勉強した方が良いと言った事があります。遡る事70年前の明治40年前後の4年間、アメリカに留学した永井荷風はその体験を『アメリカ物語』で述べていますが、永井にとってのアメリカは、どうやらフランスに渡るまでの資金稼ぎの遊学?であったような印象を与えています。それを思い起こさせる発言でした。筆者の専攻は言語学の英語分析、すなわち、英語学で、Sorbonneにアメリカを凌ぐ英語学のプログラムがあるとは考えにくく、返答に困りました。Sorbonneは、Paris大学への名称を変え、第1から第13に分割されました。
(*6)周知の通り、同時期にはRalph Waldo Emmerson (1803-1882) やHenry David Thoreau(1812-1867)らによる、ヨーロッパのロマン主義(Romanticism)の影響を受けた超越主義transcendentalismの運動が起き、当時のアメリカの知識人社会に大影響を与えました。高次元の精神に属する超越(transcendental)したものを重視する考え方を批判したpragmatismとどのように折り合ったのか、ここがアメリカ社会の興味深いところです。政治も、相反する考えの政党が存在し、交互に政権を取りバランスを保とうとするという現実主義も垣間見得ます。根底にpragmatismがあるのではと思えてなりません。ちなみに、(*13)で述べる、政治学者としてのNoam Chomskyは現代のThoreauのような印象を受けました。
(*7)第98回記載Internet Encyclopedia of Philosophyの“Pragmatism”を参照

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