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同時通訳者・常盤陽子先生に聞く(その3)...英語にかかわる仕事をする人々

同時通訳者・常盤陽子先生に聞く(その2)の続きです。2010年interview時そのままお届けします。



現在(2010年)の仕事について

鈴木:現在は、どういうお仕事を中心になさっているのでしょうか。

常盤:いまは、ジュピター・テレコミュニケーションズ(J:COM)という外資 系ケーブル会社で、テレビチャンネルのコンテンツを国内や外国から買っ て、それを売るという部署で通訳者として働いています。 かなり先端的で、専門的な分野ですね。 技術的なことは、ややこしくてよく分かりませんが、コンテンツの話にな ると楽しいですね、それがニュースでもスポーツでも音楽でも映画でも。 まず調査して売れそうな映画や番組などのコンテンツを探し、次にそれを 売らなければならない、その全過程で同時通訳が必要になるということで しょうか。 社内には、映画チャンネルや女性専用チャンネルなどがたくさんあって、 そういうチャンネルのコンテンツの海外調達に先だってマーケットリサー チを行って、お客様が何を見たがっていらっしゃるのかを常に調査してい ます。例えば、そういう調査結果を役員にプレゼンする時に、J:COMは 外資系なので、それを英語で行うわけです。 どのくらいの規模の会議をどの程度頻繁に開くのでしょうか。 大きいものでは、例えば四半期に一度、社内の役員会や衛星テレビやケー ブルテレビ業界の会議があります。会社から役員が出席する時には会場の 隅に座り、会議の間中、今やっていることを逐一同時通訳します。

鈴木:なるほど。テクノロジー的に日本がかなり貢献している分野ですね。

常盤:テクノロジー関係の言葉は、有り難いことにカタカナで言えばほとんど通 じます。テクノロジーについての通訳は、英語がかなりできる若い社員の 方が担当することもあります。それを日本語で説明するときが苦しいとい うときは、そこは私が助けてあげられる部分ですね。 例えば、政治交渉の同時通訳では、お互いの国情と利害がからむので、言 葉に出来ないものがありますよね。どう訳してよいか迷ってしまってフラ ストレーションを感じることもあるのではないでしょうか。 政治などの場合には、一見訳の分からないことを言っているとしても、必 ずその背後があるので、通訳者が勝手に説明を加えて訳してしまってはい けません。そういう場合は、訳のわからないまま文字どおり訳しておい て、後はあなたの解釈次第です、という風にします。けれど、有り難いこ とに、現在の仕事はシンプルで、そういう政治の場で起こるようなことは ありません。微妙な問題があれば根回ししておくこともできますしね。 英語圏と日本語圏では生活基盤が似通っていますから、通訳も比較的やり やすくなってきたのではないでしょうか。

これからの同時通訳について


鈴木:  常盤先生が長くされてきた同時通訳のお仕事は、これまでは、国家や国の 経済を担う大企業が中心でした。しかし、大企業だけでなく、日本の中小 企業はすごいノウハウを持っています。そして、これからは、この方々も 自分達でプレゼンし、世界に打って出ていく時代になるでしょう。そのあ たりに同時通訳の需要が大いにあると思うのですが、いかがでしょうか。

常盤:以前から本当にその通りだと感じていました。最近、町工場レベルが頑張 っているというTV番組を見ていて、そこの若い技術者達が、これだけの 部品を作れるのは僕達しかいないと言うのを聞いて、なんだか涙がこぼれ ました。農業もそうですけれど、ああいった方達が外国に向けて英語でプ レゼンするとき、あなたの言いたいことを日本語で言ってくれれば、私達 がそれを訳して支えます、というような仕組みが出来れば需要も大いにあ ると思います。

鈴木:長きにわたって培われてきた洗練されかつ魂のこもった微妙なノウハウ を、同時通訳を通して伝えるのは至難の業ですね。

常盤:そうですね。通訳はわりと感情移入が出来るので、今おっしゃったよう に、例えば、自分たちが守り育ててきたものを相手の方達に魂をこめて伝 えたいと言われたら、その時、その人と同じ気持ちになって通訳しようと 努めます。機械的に言葉を置き換えるのではなくて、相手の方になってし まったように、その人が涙を流している時には一緒に涙を流す、そういう 通訳というのは、終わったとたんにもう脱水症状みたいになりますけれ ど、通訳冥利に尽きますし、そういう仕事が私は好きです。昔ですが、 「あ、あなた、わかってくださった」と、おじさん同士が手を握ったりす ることが、ありました。そういう、お互いのコミュニケーションを成立さ せるためのお手伝いが出来ると一番嬉しいですね。大規模というのはいろ んな意味で終焉を迎えていると皆さん仰いますし、私もそう思いますけれ ど、実際この20年ちょっとで会議そのもの、大会議というのが本当に減 りました。スケールは小さくても、心のこもった、相手の人に寄り添って 行う通訳の場があれば、そういうところでこそ力が発揮できると思いま す。通訳というのは、実は個人的な仕事ですので、これから、そういう機 会が増えたらいいなと思います。

通訳の仕事は女性向き

鈴木:ところでJ:COMに移られたのは、ご自身の専門を通信関係に決めようと 考えられたからなのでしょうか。

常盤:と言うよりは、子どもができたという家庭の事情です。子どもを育ててい る時には、海外出張のある通訳の仕事は取りにくくなりました。そのよう な時、たまたま今携わっている仕事のお話があり、定時で仕事が終わると いうことでしたので決断しました。

鈴木:通訳という仕事は、自分のライフステージに合わせた働き方を選ぶ可能性 もあるということですね。 そう、可能性はありますね。 女性と男性の比率はどうですか。

常盤:通訳は圧倒的に女性の方が多いです。男性は、会社員でありながら通訳も できるくらいのレベルの方は割合いらっしゃいます。でも、通訳というの は「声はすれども姿は見えず」で、通訳が終われば、挨拶はなしでスーと 居なくなっても構わない状況のときもあります。しかし、男性は表に出た い、それなりの扱いをして欲しいという思いの方が多い。でも、会議の出 席者の方も、今日はありがとうございましたと丁寧に言ってくださる、そ ういう余裕のある方ばかりではありません。通訳の必要な部分が終わった 途端に、もう居ないも同然の雰囲気になることもあります。そういう状況 には、私たち女性はすぐに慣れて平気になるけれど、男性にはちょっと辛 いようですね。昔、会議の途中で昼食をとる時に、オリジナルスピーカー の隣で自分も食事をすると主張する男性の通訳者がいました。私だった ら、お休み時間くらい仕事相手の顔は見たくないと思うのだけど(笑)、 男性はその辺がね。その時のオリジナルスピーカーは大使でしたが、そう いった主張は私たちの役目や立場に関する勘違いだと思うし、やはり大使 やその同格の方のお昼のテーブルに、通訳が必要でない限り、通訳者は要 らないわけです。

読者へのメッセージ

鈴木:通訳者としての立場から英語学習を続けるTOEFLメールマガジンの読者 にメッセージをお願いします。

常盤:通訳者をずっとやってきて、英語のトレーニングで一番役に立ったのは音 読です。これは通訳の学校でも教えていることですが、自分一人でできる 練習法です。日本語・英語両方のいい材料を選んで、出来るだけ声を出し て読む。通訳は声を出す仕事ですので黙読ではだめです。今はいくらでも いい材料がありますから、手近にあるものでボキャブラリーが豊かになる ような、例えば短くてもいいですから、英語のエッセーなどのきちんとし た文章を選んで、自然に自分の頭に貯めていくのがいいと思います。ある いは、時事問題でも。ただ、ジャーナリスティックな文章は、話し言葉と は少し違うのでお勧めできません。それから、時間のあるときはソファに 寝っころがってでもいいですからシャドーイングをしてください。同時通 訳のトレーニングはシャドーイングに始まってシャドーイングに終わりま す。CDは難しいですけれど、テープですと簡単にできますでしょう?本 当に同時通訳者になりたくて、効率よく勉強したかったら、先ずはそれが 一番。”Read loud”(音読)と”Shadowing”。肉声の聞こえてくるよう ないい文章を選んで音読する。ラジオやテレビのアナウンサーのあとから 付いていくだけでもいいですね。特に英語はリズムがいいですから、音読 しているうちにアドレナリンが出てくると言うか、楽しくなってきます。 構文をスムーズに体に叩き込むには音読は絶対にいいですね。 やはり基本的な繰り返し練習が大切だということですね。

鈴木:今回は同時通訳 の世界を垣間見ることができました。どうもありがとうございました。

鈴木の感想

神経科学は、言語機能も研究しています。私もここ10年間この分野の勉 強をしてきましたが、同時通訳の脳神経学的基盤についての分析をした 研究書を読んだことがありません。これはかなり特殊な能力であると考 えられますが、言語1と言語2を行ったり来たりしてリアルタイムで変換 させるメカニズムはどの部位で行われているのか興味が湧くところで す。fMRIを使って同時通訳者が実際に同時通訳をしている場を観察させ ていただくとある程度分かるかもしれませんが、恐らく相当複雑な活動 が計測されるでしょう。音読とshadowingを繰り返して徹底的に訓練す ることが重要であるとのことですが、そうした厳しいトレーニングも楽 しいと思えるようにならなければ克服できないようですから、きっと、 手続き的記憶に依存するものと考えられます。フランス文学者でフラン ス語の同時通訳者でもある三浦信孝氏も普段から飛び込んでくる日本語 をみなフランス語に訳せるように心がけていると言っておりました。日 常生活でそうした地道な活動も厭わず続けなければできそうもありませ ん。いずれにせよ常人の域を超えた同時通訳の世界に身を置く常盤先生 に敬意を表します。


2024年6月後記 Google Translate、ChatGPTの出現と同時通訳

上インタビューから早くも14年の歳月が流れました。その間にAIが格段の発展を遂げ今や通訳、翻訳の領域に深く浸透しヒトによる通訳、翻訳にとって代わる勢いです。拙稿「Google Translateの新バージョンGoogle Neural Machine Translation (GNMT)についてー機械翻訳考」 (その1)(その2)ではそのメリット、デメリットを、拙稿「意識科学会イージー・プロブレム? ハード・プロブレム?OpenAI/ChatGPTはどっちに挑戦?」(その1)(その2)では、これらAIアプリケーションとヒトの能力の根本的な違いを意識科学の面から問うています。またいずれにせよ言語のもつ相対性からヒトによるものであれ、機械によるものであれ、通訳、翻訳という行為そのものに宿る先天的な難しさを拙稿「言語理解、翻訳、言語相対性ー機械翻訳考(その3)|鈴木佑治 (note.com)」で考えてみました。よろしければそちらもお読みください。




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