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財団法人日航財団常任理事中村忠男氏に聞く(その3-1)...世界が舞台 そして今日本文化を世界に発信する


はじめに

「財団法人日航財団常任理事中村忠男氏に聞く...世界が舞台 そして今日本文化を世界に発信する」(その1-1)、(その1-2)、(その2)の続き、(その3-1)です。2008年TOEFLメールマガジン筆者のコラムForLifelong Englishに掲載したインタビュー記事です。

中村忠男氏は、東京大学法学部を卒業後日本航空に入社し、その後会社から派 遣されて米国ジョージタウン大学大学院修士課程で国際関係論を学び ました。修士課程を修了して会社に戻るや、中村氏は英語力、国際関 係論の知識、体験を活かして世界中を飛び回り航空路線の開拓など 様々な功績を残しました。本インタビューを行った2008年9月当時は、日航財団にて国際文化交流事業を管 轄され、その一環として俳句による文化活動を進め、 同年6月に子供たちが作った俳句を英訳して出版し反響を呼びました。 

以下掲載時そのままお届けします。


目指すは国際交流と相互理解

鈴 木: 色々な部署を経て現在日航財団にいらっしゃるわけですが、ど のような活動をされているんですか?

中 村: 公益法人ですので、公共の利益になるような活動をしていま す。JALスカラシップ、俳句による国際交流、それとJALの航空 機を使った大気観測―これには今日は触れませんが―が主要な 活動です。JALスカラシップは、海外、特に東南アジア・中国・ 韓国・オセアニアから学生を毎年夏に招聘して日本でセミナ ー、イベントやホームステイとかを体験させるというプログラ ムで、1975年からJALがはじめました。当時の首相、田中角栄 さんが東南アジアに歴訪した時に反日暴動があちこちで起こり ました。そこで、日本のナショナルフラッグキャリアとして何 かやれることがないだろうかと、東南アジアの若者に日本を理 解してもらうために始めたのです。それが今年で35回目です。 最近は、日本人の学生にも参加してもらって、相互交流の輪を 広げています。


鈴 木: 企業も単に収益を上げるだけではなく、国際企業として、社会 のために、特にこれからの若者のために、国際理解、交流の促 進に貢献しようということですね。

中 村: そう、国際交流、相互理解という形で役に立とうということで す。JALスカラシップでは、それを本当に実感します。10数カ 国から来た30数名の学生が、このプログラムの間に国籍を忘れ て本当に打ち解けてくれます。日本から帰国する日なんかは、 もうみんなで抱き合って涙を流して別れを惜しんでいる。 自分 の国に帰ってからも、今度は日本に留学に来たいとか言ってき て、実際にそうする学生が結構います。それから、2年ほど前 に、20年前のスカラシップの学生が、いろいろな国から10数人 集まって、スカラシップの会場を訪問してくれたことがありま した。このときは、みんな感激していました。

鈴 木: 先ほどJALアカデミーで異文化コミュニケーションの教育を行っ ていたと仰っていましたが、今度の部署では、具体的に国際理 解を深める活動を実施して国際貢献するということですね。そ の一環としてJALスカラシップがあるのでしょうか。

中 村: はい。それともう一つの柱が俳句で す。もともと1964年東京オリンピッ クの年に、JALのサンフランシスコ支 店がアメリカのラジオ局で俳句を募 集したら大変な反響があったのが始 まりです。そこでJAL広報部が毎年で はないけれど、海外のあちらこちら で俳句大会を開催しました。主に英 語国ですが、現地語で結構ですから ということで。日航財団ができてそ れを引継いだときに、海外に向け て、大人じゃなく子供対象で「世界 こども俳句コンテスト」を2年に1回 やることにしたんです。JAL海外支店が現地のメディアや学校な どを通じて俳句コンテストの募集要項を出す。作品が送られて きて、それを現地の支店が大学の先生とか詩人とかにお願いし て優秀賞を選んでもらう。その選ばれた作品を日航財団がまと めて「地球歳時記」という世界中の子供たちの句が載っている 本にしています。もう9冊あります。

鈴 木: それは貴重ですね、それは英語や現地語で書かれているんです か?

中 村: もとの句は全て現地語で書いてあって、それに海外各地で英訳 をつけます。東ヨーロッパのルーマニアとかクロアチアには海 外の支店がないからこちらに直接送ってくるんですよ。クロア チア語なんてわからないじゃないですか。でも向こうの先生が 英訳をつけて送ってきてくれるんです。それからちょっとした メモなんかもついている。例えば小学校の先生が、この子は言 葉がおかしいかもしれないけど、言葉の発達が少し遅れている 子です、とか。

著書を手に取る中村氏(2008年9月)

 海外で想う美しい日本語


鈴木: それで実は中村さん自身が俳人なんですよね。トップ・ビジネ スマンでもあり、文化人でもあるわけですが、ご自身と俳句と の関わりはどのように生まれたのですか。

中村: 海外にいた頃、英語でずっと生活していると、時々ふと日本語 が恋しくなる、そういうときにどんな日本語が恋しくなるかと いうと、美しい日本語なんです。美しい日本語って何だろうと いうと、中・高の教科書に出てくるような美しい詩なんです。 たとえば、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」とか、ああいう暗唱 できるような短い詩なんです。当時インターネットはないです から、日本の友人に、あの詩どんなんだったっけと手紙に書い て送ってもらったりしたこともあるんです。 鈴木: 私も好きな詩の一つです。確か、藤村が失恋して千曲川のほと りで詠んだ詩ですね。海外生活で激務をこなす傍ら、美しい日 本の叙情を綴る詩を思い出していたのですね。

中村: そう、時々あるんです。ノスタルジーと言えばそれまでです が。

鈴木: 情緒と言うか、旅情と言うか。中村さん自身も旅に出て、知ら ない国の知らない場所で、色んな文化に触れながら、ふと思い 出すのは日本の旅情でしたか。

中村: そうですね、日本人もやはり外国に行って日本を感じるとよく いいますからね。20年ほど前に香港にいたときに、そこに住ん でる日本の人たちが俳句会を作っていて、誰かから誘っていた だき、1年くらい俳句をやったのですよ。自分はあまり上手に ならなかったけど、香港に長く住んでいた人はみんな上手だっ たなぁ。月1回くらいでしたが、あ、俳句はなかなかおもしろ いぞ、と思ってね。

鈴木: 香港の旅情や情景でもって俳句を詠むんですか?季語がないの では?

中村: いや、やっぱりそれなりにあるんですよ。

鈴木: 俳句はいつでもどこでも作れるんですね。ユビキタスですね。

中村: 日本の春夏秋冬を思い浮かべて作っている人もいましたね。

鈴木: 幼いころの風景とか、故郷の風景とか、そういうのを思い出し ながら。 中村: でも余裕がないと出来ないんですよね、俳句は。忙しい時には とてもじゃないけど出来ない。私は香港では多少余裕があった のですが、その後余裕がなくて忘れていたんです。JALアカデ ミーで異文化コミュニケーションという研修を始めてしばらく たった頃、大学の同窓会で俳句をしている友人が句会に誘って くれたんです。最初はまともなものを作ろうとしてもできな い。こんな17文字程度と思うんですけどね。1年くらい指導を 受けて、なんとかなってきましたが、それから4年になりま す。


中村氏の著書を見る筆者(2008年9月)

 

世界に広がる日本の俳句

鈴 木: それで今回、日航財団がこの本『ことばにのせて』を出されま したが、そのきっかけは?

中 村: これを作った理由は、海外で俳句コンテストを開催していて も、日本の子供たちの俳句を発信していないと思ったからで す。日本にも全国学生俳句大会というのがあって、日航財団は 20年間ずっと協賛しています。日本の子供たちの俳句は、海外 に発信されるチャンスが全然ありません。だから全国学生俳句 大会で毎年特選や、大賞、文部大臣賞などを受賞している20~ 30句を、世界に発信しようと思ったのです。

鈴 木: 以前はエコノミックアニマルと呼ばれていましたが、この頃で は向こうの若い世代に日本って受け入れられていますよね。単 に着るものやゲームだけでなく、日本語の表現も世界の子供た ちにわかってもらえるといいな、と思いますよね。

中 村: 『ことばにのせて』もそういうことを背景にしています。日本 の子供たちの作った日本語の俳句を、日本だけに留まることな く世界に知らせてあげたいっていう気持ちなんですよ。 それと思わぬ反応でこの前びっくりしたのは、インドの女医さ んで俳句がすごく好きな人がいて、「地球歳時記」に掲載され ている句を使わせてくださいと許可を求めてきたんです。どう してですか?と聞いたら、英語を元にヒンズー語の訳をつけ て、対訳本にしてそれを自費出版しますと言うんです。それで 許可を出しましたら、本当に本にして送ってきました。この本 を表紙だけですが日航財団のHPに載せています。ブックレビュ ーも出ていますのでご覧ください。

鈴 木: ヒンズー語の俳句ですか、面白いですね。是非聞いてみたい。

中 村: それからタイでは、世界こども俳句コンテストのタイ大会を開 催しています。タイの日本航空バンコク支店と国際交流基金が 共同で運営し、150くらいの小中学校が参加して2000句くらい 応募があります。そこからいいものを50句タイの文芸評論家や 詩人が審査員になって選びます。表彰式にはタイの王女様がい らっしゃるんです。実は第1回目のコンテストのときに、タイの 皇太子様とこの王女様の間のお嬢さま(この方も王女様)が応 募した句が入選したんです。当時入選すると日本に招待してい たので、瀬戸内海の町で4、5泊俳句キャンプをやりました。タ イから王女様が来たわけですからものすごく大変だったんです よ。その時にお母様の皇太子妃殿下(王女様)もついて来られ て、それ以来俳句を大好きになられて、毎回表彰式にきてくださるのです。だからタイの小中学校では俳句はとても盛んで す。

鈴 木: 俳句は、基本的にはもののあわれの世界ですから、なにか通じ るものがあるんでしょうね、仏教国として。

中 村: タイの句も何句かHPに英訳だけを出していますが、読みますと ね、子供の正直な気持ちがいっぱい出ています。タイの津波で 家族がみんないなくなったとか、お父さんが一生懸命作ってい た家が風で吹き飛ばされてしまったとか、そういう句が結構あ ります。子供たちの素直な気持ちですね。でもそれを心の内に しまっておかないで、言葉に文字に出すことが大切ですね。そ こから次へ向かっての強さが生まれてくる。しまっておいたら いつまでたっても駄目だ、タイの俳句をみてそう思いました。


その3-2)に続く


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