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小説 ふじはらの物語り Ⅱ 《陸奥》 52 原本

文室将軍の京への帰還がまもなくに迫った頃、国府において宴があり、陸奥介は将軍と思い出話しに花を咲かせたのであった。

それは多少塩辛いものではあったものの。

そして、その終盤、二人は亡き藤原広懐の寡婦であるあの刀自とその娘について話しを及ばせた。

将軍はこう言った。

「身どもは、貴殿の厚情というものに深く感心、いや、感謝してございます(おります)。

あのような者達の境遇をいとおしく、哀切に感ずる者は多々ございましょうが、それを実際に我が事のごとくに受けとめて、尚且つ、その者らの心情を第一と心得た上で、その身辺の保全を為さしめる、これは、とてもなまじっか外面の体裁を特に気遣う者であったり、誠に欠けた輩などには、うまく踏み得ぬ道ではありませぬか。

そのような仕儀の中で、あの親子がつつましくも幸福に暮らし行く様子を仄(ほの)見るにつけ、私は、あの者らの後事を貴殿にお任せして、安心しながら京に帰還出来ます心地がするのでございますれば。

もし、あの者らの今後につき、先立つものがいずれ、そして、必ずや入り用であるならば、私は、十全を超えたものを残し行く所存である上に、京からでもその不足分は補って差し上げましょうものを。

どうか、せめて娘子が嫁に行くか、婿を取るかするまでは、と思うのではございますれど。いかんせん、貴殿とて宮仕え、いつ何時京に呼び戻されぬとも限らなければ…。」

これを引き取って、陸奥介はこう応えた。

「ええ、その通りなのでございます。

先ずは、もしもの時に備えて、あの者らの後ろ見を満足にし得そうと思われる者をなるべく“人数”探し求めてみようかとも、今から考えてはいるのではございますが。

私はあの者達のことを家族同然に考えてもおり、また、亡き広懐殿に対し面目を施し得ているか常に自問自答する毎日を送っておりますれば、ついつい、あの者らを他人に託すべきとの考えに踏み切れないのも事実なのでございます。

そうは言うものの、私、そして、“あの者”までも京に帰らねばならぬとなった場合を想像するにつけ、“事は着実に進展させておかねば”とは思うのであります。」

そう言って、陸奥介は、遠くに座していた下役の顔を眺め見た。

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