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蟲~実話~

昨年の初夏の話しである。私は賃貸マンションでトラブルに巻き込まれ、裁判沙汰となり、結果、示談という形で幕をおろした。

仕事の都合で6月に引っ越し、ようやくキレイに片付いた7月の中頃。市内に発生した線状降水帯は、深夜から猛烈な雨を降らせた。

「ズウォー、ズウォー」と強烈な波が打ち付けるような音で目が覚めた私は、初めてマンションの一階に住んで、大雨が地面に叩きつけられる音の凄さに驚いていた。

明日が休みと言うこともあって、無理にもう一度寝付くような努力もせず、ただぼーっと、その音を聴いていた。

それからどのくらい時間が経っただろうか?雨はピタッと止んで、何とも言えない蒸し返しの強い熱気が上がってきた。

寝苦しいと言う表現では足りず、思わずエアコンをオンにしようと部屋の電気をつけた…

その一瞬、「ササッ」と何か小さな生き物が、確かに本棚の裏側に逃げ込んだように見えた。いや、今思うと寝室全体が何か「ザワザワ」と落ち着きがなかった。

私はそれをGの出現と認識した。入居時に高いG駆除料を支払っていたので、正直あり得ないという思いだったが、実際はもっとあり得ないことが起こり始めていた。

とりあえず、そいつを放置することは出来ないので、私は風呂場前の脱衣室にある殺虫剤を取りに行くことにした。

フルリノベーションされたとはいえ築年数は古い、質感に重量を感じる引戸をゆっくりと開けると、隣のダイニングの電気をつける。

が、その一瞬、冷蔵庫と食器棚に面した白い壁がグニャっと歪んだ。

思わず「グッ」と壁を観いる。壁はまだグニャグニャと波打っている。状況を理解できない私は、数秒立ち尽くして考えた?そして、そのグニャグニャとした波の一部が床に「ポタリ」と落ちた時、その壁一面にムカデ🐛がへばり付いていることを理解した。

私は小さく「お、お、おーー💦」と叫ぶと、急いで殺虫剤を取りに行こうと、ダイニングに足を踏み入れようとしたが、その足を力強く留めた。

ダイニングの床には、既に無数のムカデ🐛が、踊るように這っていたからだ。

一旦引戸を締め、寝室に閉じ籠った私は、本棚から大きめの雑誌を取り出し、脱衣室に向かう決意をする。

再び引戸を開けると、私はそのムカデ達🐛を雑誌で払いつつ前進。脱衣室の殺虫剤を掴み取るや、ようやく反撃に出た!

相手は数こそ多いが、まだ幼体とみえて、どれも3cm程度である。だが、殺しても殺しても何処から沸くのか?キリがない💦

また、G用の殺虫剤では奴らに即効性がなく、死ぬ間際の何匹かは、私に特攻するように向かって来て、あわや何度か噛まれかけた💦

「これでは埒が明かない」、そう思った私は、ホームセンターにムカデ用の燻煙剤を買いに行った。

燻煙剤は効果的だった。その日の夕刻までに駆除したムカデ🐛の数は、40匹を優に超えた。

次の日、私は物件管理会社に連絡し苦情を入れた。管理会社は急ぎ害虫駆除業者を手配して来たが…

「吉津単さん、すいませんが、ここは住めません。私どもでは、完璧に駆除出来ないので…」

プロからのその一言には、重みがあった。そして更に…

「同じような形で、9月には更に成長した大人のムカデが大発生します。大怪我をされる前に、早く退去してください!」

と、管理会社へのオフレコを前提として、彼は話しをしてくれた。

その言い様は、言葉にこそ出さないが、明らかに先を知っている(そこで既に経験している)人間のそれであった。

私は退去を決意した。しかし、管理会社は契約期間を満了しない退去であると、違約金を要求。他に不当なハウスクリーニング費用など様々なものを請求して私の退去を阻んだ。事は裁判沙汰となった。

結局、お互いの弁護士が話し合い、示談という形で終了したが、部屋の引渡し日に偶然、それの出現の解答を聞くことができた。

ただ、その日に来たのは管理会社の社員ではなく、下請けの代行業者であった。

彼はムカデ🐛の件を知っており、「キッチン下の配水管周りが見たい」と言った。確かに私も、そこが発生源ではないか?と疑っていたものの、素人ではハッキリとわからなかった。

「これは床下低いですね💦これでは湿気が酷かったでしょう?」

「この床下では、そりゃ大雨の日には虫も上がってきます!」

「ん?この部屋(ダイニングキッチン)の真ん中に通っている大きな空の配管は、何処につながっているんですか?外かな?」

確かにそれは正確な解答ではないものの、恐らく彼の疑問はその解答につながるものだろう。そう、そもそも構造的に欠陥があったのだ!

この部屋は、どれだけ戸締まりしても外界との遮断は出来ず、また直ぐ横には老朽化して廃墟のようになった家屋に、そのマンションの一階テナント部分には、かつて爬虫類や色物昆虫のショップがあったという…

まさに、外界と遮断出来ない状況のままで生活するには、かなり危険な物件であったのだ!

結局、引渡し日までに、私が駆除したムカデ🐛の数は50匹を軽く超えた。

ムカデ🐛は壁や床に留まらず家財(家具・家電)の中にも侵入していた為に、私は今回の件で、家財のほとんどを失った。

正直、悲惨である…

だが、ムカデ🐛は一度の産卵・育児(ムカデは虫の中でも珍しく育児をする)で約50匹の我が子を巣立たせると言う、今回のムカデ🐛の母の心中もいかばかりだっただろうか?

故意ではないとはいえ、多くの幼体を駆除した私は、ムカデ🐛を仏の使いとして祀る寺にも参った。もちろんそれで、ムカデ🐛の母の怒りが収まる保証はない。

しかし、ムカデ🐛の母よ、考えて欲しい。私もあなたも被害者だが、一人、被害を出さずに、また管理者としての責任も果たさず、利益を上げた人間(会社)がいる。

どうだろう、怒りの矛先は、ぜひそちらに向けて見ては?例えば寝苦しい大雨の夜に、その社長か担当者の布団の中にでも潜り込んでみては?

そうそう、私の寝室の布団の中からも、燻煙剤で駆除されたあなたの子ども達が、ゾロゾロと死骸で出て来たように…







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