この景色は他人のマジックアワー
去る3月9日。東京駅から皇居方面に向かう大通りの奥が、見慣れぬ配色に染まっていた。
天に紫、地に橙。映画「ラ・ラ・ランド」のダンスシーン等で広く知られる、俗に「マジックアワー」或いは「ブルーアワー」と呼ばれる景色。まるで空想が実世界に表出したかのような、幻想的な自然現象だ。
その瞬間を切り取った以下の写真は、確かに俺が撮影した一枚だ。しかし、俺が発見した風景ではない。
まだ厚手のコートが必要不可欠だった春先の夕方。俺は改札口正面に広がる絶景を全く意識することなく、寒さに身を震わせながら駅舎沿いの左手へ駆け出していた。予約していた商品の入荷を知り、足早にKITTE丸の内へ向かっている最中だった。
すると、一眼レフカメラを携えた女性が俺の目に留まった。彼女は改装されたばかりの赤煉瓦の駅舎に背中を委ねつつ、片膝を立ててカメラを弄っていた。ホワイトバランスかISO感度か、何かしらの設定を調整していたのだろう。
俺は彼女の動向を追った。撮影技術はごく素人に過ぎないが、俺もカメラ所持者の端くれ。屋外でカメラを持つ人物に遭遇する度に、何の被写体を狙おうとしているのか知りたくなる性分だ。
立ち上がった彼女がカメラを構えた方向は皇居方面だった。俺が注意を向けていなかった、東京駅丸の内口より真正面。
彼女の向きに従って右を眺める。すると、そこは昼と夜の狭間。わずかな時間にのみ現れる紫と橙の奇跡が、丸ビルと新丸ビルの合間の空に広がっていた。買い物と寒さを一旦思考から除外し、俺はマジックアワーに向き直ってiPhoneのカメラを向けた。
女性との遭遇がなければ、俺は景色を一切気に留めることなく目的地に入り、買い物を終えた頃には夕闇と寒さの歓待を受けていたところだった。愛用の一眼レフを持参していなかった後悔は消せないが、iPhoneに景色を収められただけでも満足としよう。
だが、もう一つの後悔は消せそうにない。
これは自分で見つけたマジックアワーではない。こんなに心惹かれる景色を、あろうことか俺は一度見逃した。他人が狙っていた被写体に便乗してしまったことを、一人の素人カメラマンとして情けなく思う。
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