資料集の魅力 『MEAD GUNDAM ミード ガンダム』
●はじめに
まず、こちらのイラストをご覧頂きたい。
ヒゲを生やした流線型の白い巨人。事前知識が無ければ、中央に佇む“彼”がガンダムの一員であると判断できまい。
そう、彼はガンダム。「∀ガンダム」(1999)の主役機、∀ガンダムである。
シリーズ元祖「機動戦士ガンダム」(1979)、直前に放映されていた「機動新世紀ガンダムX」(1996)の主役機たちと比較すると、尚更その奇抜さが際立つはずだ。
さて、彼を含めた「∀ガンダム」登場機体の多くをデザインした人物はシド・ミード(1933-2019)。「ブレードランナー」「TRON」等々、数多くのSF洋画に携わった工業デザイナー。“偉人”とも呼ぶべき素晴らしい経歴の持ち主であるが、日本アニメ界からすれば畑違いの人物とも言える。
彼は本作のメカニックデザインを担当するにあたり、試行錯誤の末に膨大な数のイラストを書き残した。それらが蒐集された資料集こそ、本稿で紹介する『MEAD GUNDAM ミード・ガンダム』(2000)である。
●「∀ガンダム」という作品の魅力
「∀ガンダム」は元祖「機動戦士ガンダム」の原作者:富野由悠季監督が自ら手掛けた、異色のロボットアニメである。
複葉機や飛行船が空を舞う産業革命時代風の地球を舞台に、月に住む人々と地球人が時には交流し、時には地底から発掘された謎の人型兵器:モビルスーツに乗って戦いを繰り広げる。“近未来文明における宇宙戦争”を主として描くガンダムシリーズの中では、放送後20年をもってしても特異な立ち位置にある物語の作品と言えよう。
本作は派手なバトルやヒロイックな展開こそ少なく、放映当時さほど商業成績は振るわなかったと思われるが、非常に丁寧なドラマによって多くのファンを獲得した。かく言う俺もその一人である(リアルタイムでは観ていなかったが)。
市井の人々の営みと並行して描かれるのは、高度な文明が迎える末路、科学技術への警鐘と希望、人間讃歌。本作は非常に壮大なテーマを描き切った、ポストアポカリプスSF作品の大傑作言えよう。
また、重要なキーワードとなる作中造語「黒歴史」が、今やネットスラングを超越し、一般名詞として使われていることにも言及しておきたい。本作を知らずとも、この言葉を使っている方は多いはずだ。監督が度々放つ“独特なワードセンス”が世間に浸透した、極めて稀な例ではないだろうか。(「ザ・バットマン」の日本語字幕で登場した時は流石に驚いた)。
異色な意欲作「∀ガンダム」。その最も異色だった要素は、先述の通りメカニックデザインだと断言して良い。
従来と異なるデザイナー、従来と異なる方向性のデザイン……。何故、そしてどのような成立過程を経て本作のデザインは完成したのか?その謎の一端が、本作で明かされることになる。
●試行錯誤の末に産まれたもの
試行錯誤。それは、設定資料集が持つ魅力の一つ。
決定稿に至るまでにデザインが洗練されていく過程を覗くことは、部外者にとっては大変興味深く楽しい。『MEAD GUNDAM』の魅力の7割程は、この試行錯誤にあると言っても過言ではない(残りの3割は、関係者の証言にある)。
その代表例が、冒頭に掲載した主役機「∀ガンダム」が産み出される過程である。本書に蒐集されている合計8機・約400点のデザイン中、「∀ガンダム」関連のものだけで194点(全身・個々のパーツ単位を含む)。一つ一つじっくりと目を通していたら、休日が一日吹き飛んでしまう程の量ではないだろうか。
シド・ミードは一旦“従来のガンダム”を描き起こした上で、少しずつアレンジし、分解し、崩し、再解釈を加えていった。「各モビルスーツの背景にある“ストーリー”を発見し、日本側のデザイン提案を要素に分けて細かく分類し、オリジナル・アイデアを加えながら、それらを再構成してゆく(INTRODUCTION P.9)」──。本業である工業デザインのセオリーに則った仕事なのだという。
このようにして、主役機の第1稿が提出された。書籍をスキャンしてを載せる訳にはいかないので、そのデザイン案に9割方近い、以下のMSをご覧頂きたい。厳密にはもう少しガンダム的な表情の頭部だったが、シルエット・頭部以外の身体はほぼデザイン案のままとなっていた。
最早“ガンダムの主役機”としての原型を留めていない姿に、監督を含めたスタッフ一同は大層困惑したという。相当オブラートに包んだであろうリテイク依頼書簡を、ほんの一部だけ引用する。
このリアクションにより、「∀ガンダム」は保守的かつキャラクター的(つまり従来の意匠を取り入れた)なデザインへと軌道修正が図られていく。
とはいえ上記のデザイン・シルエット自体は「文化の違いが生み出す力というものも感じた」「グレート!です。」(富野由悠季 談 P.13・56)」と好意的に受け止められたため、上に挙げた通り、ムーンレィス陣営の量産機「スモー」へと流用されることとなった。
そして最終決定稿に至るまで、なおも様々なデザインが積み重ねられていった。
製作途中のデザインは確かに興味深い。その一方で、失礼ながら「これは流石に無いな……」と感じてしまうものも多かった。全体的にどうにも野暮ったく感じられ、独自性に流され過ぎている気もする。
いかに偉大なデザイナーであろうとも、一発で正解を導き出し、クライアントを納得させるのは困難。本書からはそのような学びを得ることもできよう。
結果的に産み出されたのは、流線形のボディと脚線美が素敵で、従来のアンテナを髭(チークガード)に置き換えた白いお人形。
今となっては、「∀ガンダム」は最終決定稿の姿以外考えられない。
戦いに明け暮れてばかりではない本作の物語には、丸みを帯びた、優しい姿が似合っている。
●おわりに
本書の魅力は、何もデザイン案に限らない。
作中最強・最後の敵「ターンX」がシド・ミードのジョークから生まれ物語に採用される、シド・ミードがガンダム用語の「ニュータイプ」を「新型のモビルスーツ」を指すと勘違いして大混乱したエピソード等、貴重な関係者の証言も多くみられる。後者は“言語の壁”があったからこその、少々微笑ましい勘違いではないだろうか……?
そんな本書は現在絶版となっており、復刊ドットコムによる再販版でさえ10000円を超えている(Amazon中古価格 元値は税抜3800円)。気軽に勧められる金額ではないが、ガンダムファン或いはシド・ミードファンであれば、高値の古本を購入するだけの価値は間違いなく存在する。多くの人の目に留まるよう、できることなら改めて再販を行ってほしい。
……久々の書評ということで少々取り留めのない記事となってしまったが、最後に富野由悠季監督のお言葉を抜粋し、強引に本稿を締めさせて頂きたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?