伏線を自力で読み解けなかった悔しさ─ 『響け!ユーフォニアム』3年生編(3期ネタバレ含)
◯「響け!ユーフォニアム」の沼に浸かる
去る2023年夏、俺はひとつの作品と巡り逢った。
それは「響け!ユーフォニアム」(以下「ユーフォ」)シリーズ。京都府内の高校の吹奏楽部員が、数多の困難を乗り越えながら全国大会金賞を目指す3年間を追った青春物語である。
何においても頂点を目指したことがない半端な高校生活を送った俺にとって、本作はコンプレックスを幾分か刺激される程に眩しく、かつ心底夢中にさせてくれる優秀なエンタメ作品だった。
作品との出会いのきっかけは、Amazonプライムビデオにて何気なく鑑賞した映画「リズと青い鳥」。「ユーフォ」のサブキャラクター2名の関係性を主軸に据えた、スピンオフ的なアニメ作品である。
瑞々しく繊細な映像、光と音で心情を表現する細やかな演出、そしてあの巨匠:吉田玲子氏※が手掛けた「爽やかさと湿度を共存させた一夏の物語」に、俺は完全に心を掴まれた。これまでに観賞した映画は1700本余りになるが、その中でもTOP20に入る程の名作とまで言い切れる。「ロッキー」「ブレードランナー」「トイストーリー」等々と並び、今後の人生で幾度も見返すであろう名画に出会えたことは、映画ファンとして心から嬉しい。
さて、「リズ〜」は単体作品としても非常に優れた映画だが、先述の通りあくまでも「ユーフォ」の世界を部分的に切り取ったスピンオフ作品に過ぎない。作品世界に深入りするためには本編も追わなくてはならないと思い、俺は続けて TVアニメ1・2期と「リズ〜」以外の劇場版アニメ4作を鑑賞し、更にはアニメ化されていない範囲も含めた原作小説・アニメ設定資料集の購読や劇中演奏曲の原曲を聴く等、完全に「ユーフォ」沼に浸かっていった。
これまでは高校の体育祭や『SOUL CATHCER(S)』(『週刊少年ジャンプ』の名作吹奏楽漫画)でしか触れてこなかった吹奏楽に対する興味も強くなり、いつかプロ楽団の生演奏を聴きに行きたいとも考えているが、未だに機会を作れずにいる。今年中には鑑賞したいものだ。
◯我慢できずに読んだ原作最終巻
印象的なエピソードやお気に入りのキャラクター語り等々、話題を広げ出したらきりがないので、そろそろ本題に移ろう。
先述の通り、購読した原作小説には未だアニメ化されていない内容──高校3年生に進級した主人公達の物語も含まれている。アニメ3期の放映は2024年4月であり、沼に浸かり始めた時期から数えると約半年以上も後になる。しかも、たった1クールの放送では尺が足りない(連続2クール、或いは時期を置いた4期目の放映もありうる?)と思われるため、物語の結末をアニメで見届けられるのは相当先になることが予想される。
そこまで待っていられない!俺は早く北宇治高校吹奏楽部の行く末が知りたいんだ!……という訳で、俺はアニメ化を待つことなく、第3期の範囲に該当する小説『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章』前後編(以下「3年生編」)を購入した。
3年生編では部長に就任した主人公:久美子の苦悩が人間関係・演奏面ともに描かれ、胃液が喉元まで上がってきそうな苦しい展開が過去作以上に多かった。強豪校から来た転校生の入部によるソロパート落選、そして鬼の演奏統括者と化した親友:麗奈との間に入る亀裂は特に心が痛く、当該箇所がアニメ化されることに恐怖感を覚える程である。しかし、それらの「溜め」があったからこそ、全ての努力が実る結末から得られるカタルシスは抜群だった。「物語はハッピーエンドがいいよ」という「リズと青い鳥」の作中台詞があるが、その言葉が見事に当てはまる終わり方と言えよう。また、様々な楽器の音──いや「響き」を身体で感じさせてくれる音楽表現も前巻同様に素晴らしく、絵と音で魅せてくれるアニメ版とは一風変わった演奏を味わえた。
だが、俺はこの3年生編を、初見で100%楽しみきれなかった。その非は作品ではなく俺の理解力にある。あろうことか、作品に仕掛けられたとびっきりの叙述トリックに自力で気付けなかったのである。
以下、その内容について詳しく触れていきたい。トリックの解説など野暮中の野暮とは承知しているが、ネタバレ注意タグを付した記事なのでご了承頂きたい。
◯自力で気付けなかった仕掛け
基本的に「ユーフォ」原作小説は、主人公:久美子に焦点を当てた三人称視点(いわゆる「三人称限定視点」)で進行する。しかし、3年生編前編のプロローグと後編のエピローグだけは、吹奏楽部顧問の教師=「私」の一人称視点で物語が語られる。
冒頭では様々な情報が提示される。中庭へ卒業記念に植えられた樹齢7年の桜の木。着任3年目を迎えた「私」と教頭との会話。学生時代の友人達が写った4人組の写真。なるほど、吹奏楽部顧問:滝先生を取り巻く日常的風景だ──と、この時点では信じて疑いようもない。
やがて迎えた後編のエピローグ。最後の大会をめでたく「ゴールド金賞」で終えた後、久美子が教師として母校に赴任しており、吹奏楽部の副顧問を勤め上げて3年目を迎えたことが「私=久美子」の視点で語られる。若者の明るい未来を感じさせる爽やかな後読感と共に文庫本を閉じた俺は、Web上でファンアートやネタバレを含む書評を漁り出した。作品冒頭の「私」の物語をすっかり失念したまま……。
こうして様々な方の熱い思いに触れていく中で、ふと俺は以下のような記述を目にした。
……プロローグ!?
慌てて前編のページを捲ると、見える景色がまるっきり変わった。つまるところ、滝先生との先入観を抱さざるを得ないプロローグの「私」とは久美子その人であった。
まず、「学生時代の4人組の写真」は滝先生と亡き妻・コーチの友人2名を写したもの(アニメでも時折登場していた、滝先生の過去を示唆するアイテム)ではなく、クライマックス付近で撮影された久美子たちユーフォニアム奏者4名の写真を指していた。察しの良いなら撮影シーンの時点で勘付いたのだろうか?
また、エピローグで久美子は「樹齢7年の桜の木」を植えたばかりの頃を追懐している。その歳月は、久美子が4年で大学を卒業した直後に北宇治高校の教師に着任、それから更に3年が経った7年……と考えて良いだろう。
さて、プロローグの語り手は滝先生(=プロローグとエピローグの「私」が見ている写真や桜の木は別物)と捉えても一見矛盾が無さそうだが、前編のプロローグは以下の書き出しで幕を開けている。
つまり、中庭の桜の木は1本しか存在せず、それを見ている着任3年目の教師は滝先生ではなく久美子で確定と捉えて良いことになる。
本来ならばエピローグを読み終わった段階で冒頭と結末のリンクに気付くべきだったが、このとっておきの大仕掛けを俺は見事にスルーしてしまった。自力で気付けたならば、より強い感動が俺の胸を貫いたはずなのに。自分が抱くべき感動を他者の感想に委ねてしまったことが、本当に悔しくてたまらない。
◯どうなる、アニメ版!?
このたび放映される待望の3年生編アニメ「響け!ユーフォニアム3」で俺が最も注目している点は、上記の描写をどのようにアニメ化するのか?という疑問である。
叙述トリックの映像化は非常に難しい。文字情報だけなら通用するミスリード要素の「4人組の写真」も、絵として写ってしまえば「滝先生のいつもの写真じゃない!」と一目瞭然で判明する。「先生」の姿が映らなくとも、教頭との会話が一言でも行われれば正体は丸わかりだ。迂闊に台詞を付けることもできまい。
トリッキーな手段をとらず、久美子の未来をある程度明示してから物語を始めるのか。いっそプロローグで描かれた未来のシーンを丸々削ってしまうのか。俺が考え付かないだけでミスリードを成立させ得る映像化の方法が存在するのか。全ては4月7日17:00〜、第1話の放送で判明する。まだまだ新参者ではあるが、ファンの一人として放映を楽しみに待ちたい。
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