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闇チョコ。

「闇チョコ」って、知ってる? 
 毎年バレンタインデーになると、この街で話題に上がる有名な都市伝説だ。
 今年も、闇チョコが噂される夜が来た。
 ラブホ街を歩く。両側をラブホに挟まれた道は、紫色やピンク色といった妖しい光に照らされている。そこで呼吸をするだけで、まるで映画の中の住人になったような特別感で満たされる。
 闇チョコは、このラブホ街のとある路地で流通している。
「HOTEL HEAVEN」と赤色のネオン管で記されたお城のような見た目のラブホと、「HOTEL S」と白色の文字で紫色の光を放つ電飾看板に記された廃ビルのようなラブホが、横並びに立っているのが見えた。
 2つのラブホの間に、薄暗い小路がある。街路灯なんて1本もないけど、確かにそこに道は存在している。
 闇チョコが生まれた場所は、「チョコ路地」と呼ばれるその細い道だ。
 大通りを挟んで反対側にあるラブホの正面から、僕はチョコ路地を覗いた。薄暗い空間に、数人の人影を確認出来た。やはり、噂は本当なのかもしれない。
 僕が聞いた都市伝説はこうだ。バレンタインデーにチョコ路地に行くと、数人の女が立っている。その路地裏を通ると、向こうから話しかけてきて、チョコを渡してくる。会社、味、見た目、一切関係ない。その路地で渡されるチョコが、闇チョコと呼ばれている。そのチョコには、「私は病んでいる」、「病んでいるから、気分を晴らす為に一発ヤりたい」という意味があるらしい。チョコを貰った人は、無料(ホ別)でチョコを渡してきた女と行為に及べる。男にとっては、ちょっとわくわくしてしまう話だ。
 ちなみに、病んでいることをアピールする為のチョコだから、元々は「病みチョコ」と呼ばれていた。金品のやり取りは発生しないものの闇深い話であるという意味も含めて、闇チョコという言葉に変わっていった。
「お」
 10分程、チョコ路地を観察していたら、スーツを着た中年の男が路地裏に入っていくのが見えた。辺りを控え目にきょろきょろ見回しながら、大きな腹を揺らして素早く中に入った。
 あまり目立たないように、チョコ路地をカメラで撮影しながら待つこと、2、3分。路地裏から、先程の中年男が出てきた。彼の左腕に、ゴスロリ姿の若い女がべったりとくっ付いていた。彼等は、夜のラブホ街を歩いていく。
 確かに見た。中年男の右手に、銀色の包装紙で包まれたチョコらしき球体が見えた。あれが、闇チョコなんだ。やはり、噂は本当だったんだ。
 興奮しながら、彼等の後ろ姿をシャッターに収めた。

*

 ここまでは、この街でよく知られた話だ。実は、この都市伝説には裏がある。
 闇チョコを渡す女達は裏稼業の人間と繋がっているという、どす黒い噂。チョコ路地で女に誘惑された人間は、ラブホではなく、闇ブローカーの元へ連れていかれるらしい。そして、人身売買や臓器売買等、その人に適した方法で、闇の世界に売られてしまう。
 これは本当にただの噂話に過ぎない。こんなやばい出来事が、チョコ路地なんていうふざけな名前の路地裏から生まれるわけがない。それに、もし仮に本当の話だったとして、チョコを渡す意味って何だ? 無駄な行為じゃないか?
 そんなことを考えながら、遠ざかっていく2人の背中を見送った。

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