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癌になった韓国人夫を支えながら考えてきたこと

 20代の頃、30以上年の離れた恩人からこう言われたことがありました。

「今とても辛いと思うけどね、自分のことで悩めるっていうのは幸せなことなのよ」と。

 当時私は、縁あって新しく家族になった人たちとのことで頭を抱えていたため、「自分のことで悩んでるわけじゃないんだけどな」と思ったものですが、30代半ばで韓国に渡り、さまざまな経験をするうちに、恩人であるご婦人が伝えてくれたことの真意を理解できるようになりました。

 特に2020年、パンデミックが始まって間もない頃。自営の仕事が休業状態に追い込まれた最中、韓国人夫が突然癌の宣告を受けた時は、1歳の息子を抱きながら心底こう思ったものです。「ああ、自分のことで悩めていたのは、本当に幸せなことだったんだなあ」と。

 40代で癌宣告を受けるのは珍しいことではありませんが、結婚2年目で、子どもはまだ1歳。世の中は得体の知れないコロナウイルスのせいで先行きが暗く、私たちも仕事ができなくなり収入がストップ。そんな中で癌が発覚したため、目の前が真っ暗になりました。一番辛いであろう夫の前で涙は見せられないので、毎晩息子を寝かしつけながら、声を押し殺して泣いて、泣いて。その時だけは、悲しみに浸ることを自分に許してあげました。

 救いだったのは、生命力あふれる1歳の息子の存在でした。日本から助けに来てくれた母、陰で支えてくれていた父の力も大きかったです。私たちの近況を知った日韓の親しい人たちが、手作りのマスクや食べ物などを送ってくれたり、電話で話を聞いてくれたりしたことにもすごく励まされました。泣いていても何も変わらないので、絶対すべての状況が良くなると信じ、1日いちにちを無事に乗りきるため、ただ目の前のことに集中する。その繰り返しでした。

    人間、辛い記憶は忘れるようにできているのか、私がただ忘れっぽくなったのかわかりませんが、当時のことを詳しく思い出すには手書きの日記が役に立ちました。手帳に日々数行ずつ、大したことは書いていないのに、走り書きの文字の中で、過去の私が必死に生きていました。ここ数か月、日記を書くことから遠ざかっていましたが、今日からまた日々のさもないことを書き残していこうと思います。未来の私が、2023年の“今”を思い出せるように。

韓国北部はもうすっかり秋です。
パジュのイムジンガクから見たイムジン河とDMZ

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《番組内容》
2020年3月、パンデミック初期の混乱の最中、韓国人夫が癌宣告を受けました。あれから3年半。やっと話せるようになった当時の出来事と、辛い日々の乗り越え方について。/2023.10.05収録


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