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楽園

6
南の島で初めて愛し、愛されたひと夏のお話
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楽園 6

楽園 6

波の音がゆっくりと遠ざかって、軽い眩暈が襲う。あと一呼吸、ひとつだけ数を数えたら、このまま目の前の彼女を押し倒してしまうかもしれない。

我慢が限界に達しそうだった。
次に息を吸う瞬間、ポケットの中に入れたiPhoneが鳴った。

「はい、もしもし…」

俺は落胆と安堵が混ざり合ったような、微妙な気持ちを抑えなら電話に出た。
相手はマネージャーだ。「元気か?飯は食べてる?」とまるで母親のように心配

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楽園 1

楽園 1

疲れていた。
ひとりになりたかった。
ずっと、憧れていたアーティストの世界だったのに身を置いてみると皮肉なものだ。

自分の意図するものとは全く違う解釈をされ、言葉は独り歩きをし、イメージはどんどん崩されていく。

音楽だけを聴いてほしい。
紡ぐ言葉だけを受け取ってほしい。

ただそれだけなのに…
いつからか、それ以外で注目されるようになった。俺はSNSを捨て、極力人目を避けて過ごす事を望んでいた

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楽園 2

楽園 2

ママが言ってた日本人…ってこの人?
どこかで見た事あるような…どこだっけ?
思い出せない。

ママが知り合いから頼まれて、面倒を見ることになった日本人の男の子。
暫くこの島に滞在すると聞かされてたから、どんな子かとドキドキしてたけど…

想像してた人と全然違う。

ラフに整えられた短い髪、薄いシャツから綺麗に鎖骨がのぞいている。腕には程よい筋肉がつき、大きな手と長い指が大人っぽい。口元にたくわえら

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楽園 3

楽園 3

二日間、誰にも会わずにひたすらベッドで眠り続ける。新鮮なフルーツとシリアルがキッチンに届けられていて、時々起きては口にした。
後はミネラルウォーターをサーバーから、たっぷりと注ぎ、飲み干し、また眠った。

三日目の朝、電話のコール音で目が覚めた。

「おはよう!さすがに寝てばかりじゃ、体によくないわよ…迎えに行くからランチでもどう?」

コンダクターの女性の声。
さすがに心配をかけてしまったようだ

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楽園 4

楽園 4

ママに頼まれて、マーケットで買い物をする。

シリアル、オートミール、ミルク…アボガド、バナナ…

ベジタリアンの人って初めて会ったけど、本当にこんなシンプルな食生活なんだ…不思議な感覚になる。

私は会計を済ませると、荷物を車の後部座席に置いた。

夕方には、彼のコンドミニアムに行く事になっていた。それまでに心を落ち着かせないと。

私は軽くシャワーを浴びて、濡れた髪を乾かす。

何て言おう…軽

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楽園 5

楽園 5

あんなに大きな声で顔を真っ赤にして叫んでいる。ちょっと面食らいながらも俺は断わる理由もなくOKをした。

携帯と鍵だけをポケットにしまい、ビーチサンダルを履く。

「とっておきの場所があるの。凄く夕陽が綺麗なんだよ。大好きな場所なの。あなたもきっと元気になるよ。」

そう言うと、並んで歩き始める。

長い髪が揺れる度に、ほのかな香りが漂う。
短めのTシャツから、腰に青いバタフライのタトゥーが見えた

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