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楽園 3

二日間、誰にも会わずにひたすらベッドで眠り続ける。新鮮なフルーツとシリアルがキッチンに届けられていて、時々起きては口にした。
後はミネラルウォーターをサーバーから、たっぷりと注ぎ、飲み干し、また眠った。

三日目の朝、電話のコール音で目が覚めた。

「おはよう!さすがに寝てばかりじゃ、体によくないわよ…迎えに行くからランチでもどう?」

コンダクターの女性の声。
さすがに心配をかけてしまったようだ。

約束の時間までに、身支度をする。
熱いシャワーを浴びて、伸びた髭を剃る。
鏡に映る自分を見て不思議な気持ちだ。

自分では普通だと思うこの容姿がなぜ、こんなにも騒がれるのだろう。

ワイルドでも、セクシーでもない。
ファッションや髪型に気を使ってもいない。
日本の小さな片田舎で育った、ただのアーティストだ。

それでも、なぜか騒がれる。
女性にモテるわけでもない…そのギャップが俺を苦しめる。

白いシャツとカーゴパンツで身なりを整えると、女性からコールが入った。

バンに乗り海沿いを走ると、南の島特有の潮の流れに気づく。暖かく、優しく、穏やかな空気がリラックスモードへと誘う。

オープンテラスのある小さなレストランに着くと
俺たちは斜向かいに座って、ペリエを飲んだ。

「どう?少し休めた?顔色は良くなったみたいね」

心配してくれている。でも、余計な事は聞かない。俺の親よりは若く、兄弟よりは年上。丁度よい距離感に心を許してしまう。

「ああ…えっと…はい。だいぶ休めました。ありがとう」

それだけ言うと、あとは彼女のおしゃべりに耳を傾けた。

茶色く日焼けした髪を一つにまとめ、薄いタンクトップに麻のリゾートスカート。右耳に3つつけたピアスが色っぽい。

10代の頃、ワーキングホリデーでこの国に来て以来、日本にはあまり帰っていない事。地元の男性と恋に落ち結婚したが、事故で亡くなってしまった事。日本人の観光客相手にガイドの仕事を長年している事…

どれもこれも、自分には新鮮に聞こえた。
知らない人の人生ってどうしてこんなに興味深いのだろう。

笑うと目尻に寄る皺がとてもキュートだ。
40歳になったばかりとは、とても思えなかった。

「そういえば、娘にはあれから会えた?」

「娘?」

「初日に、紹介したじゃない?
私の一人娘。あなたに合うかな〜と思って。」

ああ、あの黒髪の美しい子。
凛として、自信に満ち溢れていた…
疲れていたから、素っ気ない態度を取ってしまって悪かったな…

母親に似て美しく、島の開放的な雰囲気も纏っていた。

暫く女に興味なんか湧かなかったのに、さすがに
目を奪われた記憶がある。腰からスラっと長く伸びた脚や、細い二の腕。艶のある髪。どれもが印象的だった。

「娘に夕方、食材を届けさせるわ。新鮮なフルーツや野菜なんかをね。必要でしょう?」

「ええ。ありがとうございます。」

また、あの子に会える。
それだけで少し興奮する自分に驚く。

目の前でペリエを飲み干して頬杖をつく、美しい彼女を心のどこかにしまいながら、俺は夕方が来るのを待った。

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