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【長編小説】漂白剤社会 | 第十二話・遺書

第十一話・女海賊 | このお話のマガジンはこちら | 第十三話・わたしの自殺

「本日はこれで終わります」
「次は、来月の二十一日、午前十一時です」

 裁判官が資料を片付ける。
裁判官が退所すると皆一斉に起立した。私も慌てて起立した。

 私はパニックを起こさず、裁判で全てのことを話し終えることができた。

 裁判所から出ると、弁護士からこう言われた。

「あなたのしたことは詐欺と言う重い罪です。執行猶予の確率は極めて低いと思います。残念だけど…」

 母が床に倒れこみ、泣き崩れた。

弁護士は、母の背中をさすりながら、励ますように言った。
「娘さんは十分に反省しています。そして、しっかり前を向いて話していました、やれることはやりました」

 母は落ち着いた頃合いで、東京へ帰る駅に向かった。


 私は小林弁護士にある事を質問をした。
国選弁護士の小林弁護士は、八十代の人で、私にとって祖父のような温かさがあった。

「どうすれば謝罪になるんでしょうか、土下座でしょうか」

すかざず、弁護士が顔を横に振った。
「心からの謝罪でなければ、土下座など無意味なのですよ」

私はどうすれば良いか分からないと言うと、弁護士は真剣な眼差しで私を諭した。

「あなたのしたことは詐欺罪といってとても重い罪です。謝罪は必ず受け入れられるというものではありません。被害者の立場、気持ちを、あなたはよく考えなければいけない。被害者はあなたに信頼を寄せて高価な品物を貸してくれたのに、それを欺いて売ってしまった。義母のため、と思うなら、他にも方法はいくらだってあったはずではないですか」

「…死にたいです」
私はうつむいた。

「死んでも懺悔にはなりません、生きて更生する、それが大事ではないですか」

  更生とは何だろう。更生するために必要なのは、過ちを繰り返さないために自分の負を断ち切り、それを一生忘れずに苦しくても謝罪を繰り返して生きていくことが更生なのではないか。

過ちを犯してしまったことはもう変えられない事実であり、それらを認めて、前へ進む生き方が問われているのではないか。弁護士はそう言った。

 私は弁護士の言葉で、留置所の中で読んだ本の一文を思い出した。

『「更生」は「更正」ではありません「更に生きる」生まれ変わり、よりよく生きるということ』

人を欺き、犯罪行為をした私は、被害者の信頼を裏切り、私を応援してくれた多くの人を苦しめ、悲しませて、自分で自分を殺した。

それを一生忘れずに自覚して生きる。
私は『更に生きること』が問われていると思った。

私は留置所に戻る途中、警察車両の中で、私が行った開示請求をぼんやりと考えていた。



 内閣府 平成二十七年の調査では、性暴力やDV被害のうち、顔見知りが約七十五パーセント、見知らぬ人の被害はわずか一パーセントである。

 そして、被害を知人に打ち明けた人は二割、誰にも相談しなかった人は七割近く。被害を打ち明けられない背景には、第二の恐怖体験が被害者を苦しませる現実がある。

ある専門家は、第二の恐怖体験について、こう指摘している。

「多くの暴力というのは見知った環境の中で行われる。それが権力関係であったり、相談をすると、自分自身がその内輪から排除されたり、時には攻撃や抑圧されたりということもある」

 実際に、私が勇気を出してDVの話を始めたとき、被害とは関係ないことで人格攻撃をされて、名誉棄損や、誹謗中傷にさらされたことがあった。

また相談で詳細を話すことも、再度、同じ被害を追体験しているような苦痛を感じた。これらを二次被害というのだそうだ。

 

 奈恵は誹謗中傷に対して開示請求を行った。すると驚くことに誹謗中傷をするそのほとんどは、タレントの仕事で一緒だった仲間や友人だった。さらには、励まし合い社会運動を一緒に行った友人や、女性の人権活動を行ってきた同志達も中にはいた。

私は、それが、とても、とても悔しくて悲しくて堪らなかった。

彼ら彼女らは、同じようなことを口にする。

「本当に被害者なのか?」
完璧な被害者でなければいけない。

《黒は許されない》

落ち度が少しでもあれば、被害を受ける側にも問題がある。

《純白でなければ》

『完璧な被害者』とは何だろうか。

どんな犯罪もやってはいけない。
例え、どんな理由があろうと。

それは私が行ってしまった詐欺も同じことだ。
どんな理由があろうと犯罪は犯罪であり、そしてどんな被害者も、被害者であり、すべての被害者は救済されるべきであるはずだ。

 

 奈恵が警察署へ、名誉棄損や誹謗中傷を相談に行った時のことだ。

私が信頼して話した内容や、渡した書類が、第三者へ渡っている事が多々あった。その時、何度も相談した刑事に、こう言われた。

「あなたが味方だと思って相談している人、その人に情報渡すの止めた方がいい。流れているよ」

 俄には信じられなかったが、後日、その本人に問いただすと、途端に態度が豹変した。そして、私をインターネットで攻撃し始めたのだ。

その瞬間、刑事の言っていたことが本当だと知り、怖くて誰も信頼できなくなった。

誰に相談すればいいのかさえ分からなくなり、毎日、悲しみと耐えがたい苦痛を感じた。心が張り裂けそうで、苦しさに悶えながら、私は人間不信になってしまった。

 性犯罪やDV被害者は、密室の出来事と証拠の立証が厳しい中で、ほとんどを理解してもらえず、誹謗中傷や名誉棄損、攻撃に晒されることが多い。

裁判しようものなら、金銭的な負担に加えて、様々な攻撃に遭う可能性もある。自身の被害を話すことを余儀なくされ、嫌でもされた事実と向き合わなければいけない。

 結局のところ警察署に、名誉棄損や誹謗中傷の被害を相談したが解決することはなかった。

 意を決して奈恵は、名誉棄損の裁判を行った。
開示請求をして警告を行ったが、その人は、平然と変わらず、奈恵の誹謗中傷を続けた。

奈恵はどんどん困窮していき、タレントの仕事はダメになってしまった。

さらに住所を特定されて晒されたことで、家族も身の危険を感じるようになったのだ。

 こうして私と家族は、逃げるように引っ越しを余儀なくされ、私は多くの借金を背負い、仕事も失い、友人も失い、自身の心も失いかけた。

そのあまりの苦しみから、私は向かっていたのだ。

気付いたら踏切へ。楽になれる方へ。

私は遺書を書いていた。

そして、同時期に、《わたし》も遺書を書いていたのである。

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