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161. ああ、神さまなんて、この世にはいないのよ!

私の孫と宝くじ②

私は宝くじ売り場の女(おばさん)。

人は退屈な仕事だと思うかもしれないけれどね、私にとってはいい仕事だね。

同じ部屋に上司や同僚がいるわけではないし、誰かに命令されたり、間違えたことをしなければ怒られる訳がでもない。

この小さな箱は、畳三枚分くらい、今の若い人にはわからないと思うけど、フォークソングのかぐや姫が歌っていた「神田川」という歌を想い出す。♪三畳一間の小さな下宿♪私が若かった頃に暮らしていたアパートと同じ。

この歳になってまたあの三畳一間の生活をしているような気がしているわ。
でも何もなくても幸せだったわ。

この狭い箱の中は小さな機械類が数個と金庫があり、電話機ファックス、パソコンなども置かれていて箱はさらに狭くなっている。もちろん、椅子や机が小窓の前に設置されている。

笑っちゃうけど電話ボックスぐらいの売り場にもいたことがある。丁度、人が一人分だね。出入りが大変だったわ!

えっ、夏場はどうか?って。

もちろん、冷暖房がなければ死んじまうよ!それと警報装置は必ず設置されているからまあ安心。

うん、ノルマだって?

そんなものはないよ!

ただ、売り場ごとの目標枚数があってそれをチェックされるときは辛いわね!

面倒なこと?

最初はおばさんには戸惑ったわ!外から見れば楽そうだけれど、最初の頃、研修を受けたのだが、BIG、ТOTOやロトなどの種類があってその機械操作は大変だった。

でもね、私にも楽しみがいくつかあったわ。


それはね、私の孫の学校の通り道だったことよ!朝は会えないけれど学校帰りは必ず私の箱の小窓から顔を出してくれるのさ。

私はいつも小さな飴玉を用意して一緒に友達がいたらみんなに分けて上げていた。すると、子どもたちから「飴玉ばぁちゃん」といわれるようになった。

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普通は、自分の孫に会うっていったって、別の家庭だし一緒に住んでいるわけではないし、月に1回会うということだってなかなかできない事だけれど、私の場合、毎週5回は顔を合わせる事ができる、だからね。この狭い箱の中の生活だけどとても充実していて楽しく過ごしている。

孫は、私のことをお婆ちゃんなのになぜか「おばちゃん」と呼ぶ。それは、友だち達が私のことをおばちゃんと呼ぶから自然とおばちゃんになったようだ。


やがて孫は小学生から中学一年生になった。
「ねえ、おばちゃん。もう僕は中学生だから飴玉はいらないよ!もう、子どもじゃあないのだから」
「ほう、もう大人になっちまったんだねえ、早いねえ…」
確かに大人びて来た。私は孫のいう通り飴玉はやめたが、代わりに宝くじを買って毎月1000円分を孫宛てに郵便で送り続けた。


すると、孫は、
「おばちゃん、1000円当たったよ!」
「今回は200円の当たりが二枚四〇〇円だ」
「残念、200円一枚…」
「わあ、0円…」
私はそんな大金を願ってはいないが、せめて数万円くらい当って欲しいと祈り続けていた。しかし、孫は毎月嬉しそうな顔をしてわずかばかりの当たりくじを持ってきて現金と交換し、そのお金で毎回数枚ずつ買っていく。

ある日、
「おばちゃん、当ったよ!」
「いくらだい?」
「10000円だよ!」
「ほう、それは良かった!大当たりだわ。何が欲しい?」
「えへへ…」
その日は何も答えなかったが、勉強道具でも買えばいいなあ、と思っていた。

それから数日後、私の娘から電話が入り、孫が急死したことを知らされた。原因がわからず突然死だという。信じられない、あんなに良い子が突然この世を去ってしまうなど信じられない。

この売り場の狭い箱の中にはたったひとつだけ私の私物がある。それは孫と一緒に撮った写真だ。

電話越しに私はその写真を見ながら涙が止まらなくなっていた。

私は、せめて孫とお別れしたいと思い、病院を教えてくれと話したが、567の疑いもあるためにこの世を去っても面会ができないと、娘も泣きながら答えた。

ああ、なんと不幸な時代なんだ。できるならば私の命と交換したい、してあげたい。

ああ、神さまなどこの世にはいない。

年を重ねると、お別れしかない。私の父や母も無くなり、主人がこの世を去ってから7年目。でも、私より先に孫が逝くなんて信じられないことだった。

葬儀は数人での密葬となり、孫は小さな、小さな灰となりお墓に眠りについた。生まれて来てくれた御礼も感謝もお詫びもできない、何よりもお別れもできない。

私はしばらく家に籠りっきりとなった。

しばらくして、私は小さな箱に向かうこととなった。もしかすると孫が待っているかもしれない、店の前を通るかもしれないという錯覚が起きた。


もし、人間に魂というものがあるならば、私の店の前を歩いているかもしれないと思ったからだ。私は久しぶりに化粧をしてあの狭い箱に戻った。そして、いつものようにひと通りを小窓から覗く。孫と同じ制服を着た中学生が見える。なぜかみんなが孫に見えて来るから不思議な感覚だ。
決して、会えるわけがないのに、私の目は制服姿の子どもらを見続ける。

ある日、私の娘が売り場に顔を出した…。
「かあさん、渡したいものがあるの!」
「なんだい?」
「息子がおばちゃんへ、って!」

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©NPО japan copyright association Hiroaki

それは茶色の袋だった。

娘は「またね!」といってすぐさま私の前から去ってしまった。私はその袋を開けるのが怖くて、閉店時間まで空けるのを待ち続けた。

閉店時間となって小窓のシャッターを閉め、その箱の中にいると一切の音から遮断され、完全に私一人きり。私は娘の持って来たその茶色い袋をそっと開けた。中はマフラーとマスクだった。そして便箋が一枚。

『おばちゃんへ。いつも宝くじをありがとう。10000円も当ったので、おかあさんとおばちゃんにマフラーを買ったよ!宝くじ売り場が寒そうだから内緒でつけてね。それと毎日多勢の人と会うわけだから567防止のためのマスクだよ!残ったお金は全部宝くじを買いました。次はね、100万円あてて、おかあさんとおばちゃんを温泉に連れていたい。身体に良さそうだしね。まだまだ元気で長生きしてね!」

便箋の下には今までの外れた宝くじだが、丁寧に一冊のノートに糊付けしてあった…。

私は暗い狭い箱の中で大きな声を出して泣かせてもらいました…。

それから、中学生や高校生、大学生が私の狭い箱に訪れて宝くじを買う。そのたびに孫が顔を出して私を励ましてくれるように感じているのです。

私の孫の名前は「未来(みくる)」という。

私は、みくるを、忘れない。

私はみくるとともに、生き続けている。


あっ!こんな歌が聞こえてきた…



「神田川」歌・かぐや姫/作詞・喜多條 忠/作曲・南 こうせつ

貴方は もう忘れたかしら
赤い手拭 マフラーにして
二人で行った 横町の風呂屋
一緒に出ようねって 言ったのに
いつも私が 待たされた
洗い髪が芯まで 冷えて

小さな石鹸 カタカタ鳴った
貴方は私の 身体を抱いて
冷たいねって 言ったのよ
若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった

貴方は もう捨てたのかしら
二十四色の クレパス買って
貴方が描いた 私の似顔絵
巧く描いてねって 言ったのに
いつもちっとも 似てないの
窓の下には 神田川

三畳一間の 小さな下宿
貴方は私の 指先見つめ
悲しいかいって きいたのよ
若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方のやさしさが 怖かった

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coucouです、みなさん、ごきげんよう!

このおばあちやんは、私の友だちです。

私は毎月、この宝くじ売り場で宝くじを購入しています。

残念ながら当たったためしはありませんが、このおばちゃんは優しい笑顔で、「当たりますように、幸せでありますように!」とくじと一緒に手渡してくれます。

私はついつい、狭い窓越しから、その優しい笑顔に騙されつつも毎月会いに行きます。

いつも当たらない宝くじですが、「次は当たるわよ!」と私を騙します。

でも、そのおばあちゃんに騙されたくて会いに行くのです。

それに不思議なもので、当たらないとわかっていても、宝くじを手にすると「当たったらどうしょう?」と毎回悩むのですからおかしなものです。

このお話は、全部実話です。

私も飴玉をもらいました…。

では、またあした!



※シリーズ6部作「夢売人」

160.私のような老婆でも、少しは世の中に役立つ場合もあるのかもしれないわ。
161.ああ、神さまなんて、この世にはいないのよ!
184.私はね、花売り娘、いえ夢売り娘です。
185.兄さん、兄さん、100万円、100万円当たったんだよ!
186.私の若い頃はね、とても可愛くて人気者だったのよ!
187.今日は私の最後の日、今日でお別れとなりました。



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