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3.悲しくて、悲しくて、とても悲しい著作権。でも、私には著作権があった!


もし、私が「著作権」というものを知っていたなら、現在はどうなっていたのだろう?
もしかすると、本の出版や、著作権協会を設立し、講演会活動などしていなかったかも知れない。

運命とは不思議なものだ。

先日、私は池袋のサンシャインに出向いたら、あの時に創作した作品が商品となって陳列されていた。これは池袋だけでなく日本全国に私の作品が売られているのだ、こんなに悲しくて、悲しいことはない。

前回「著作権note」でお話ししたように、私は苦しんだ。


私は電車の中で恥ずかしさも忘れ、大声で泣いていた…。
私は取引先の社長と同席していた顧問弁理士なる人に、私は、息の根を止められてしまったようだ。「あなたには何の権利もない!」このセリフ、いまでも忘れない。

つまり、何の反論もできなかったからだ。

私は、この時から筆を捨てて、この仕事を辞めたのだ。

私が描き続けた作品たち、わずか数年のことだが、数千点の作品とそのデータ(原版)か手元からすべて消えてしまったのだ。

こうして、私の青春は終わってしまったのだ。

私にはあまりにも知識(著作権)と経験が足りなかった…。

このときから数十年の時が過ぎ、私はそのことをきっかけとして猛勉強を始めた。


幸いにして私はある本と出合った。

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それは「著作権法雑感」「特許法雑感」(社団法人発明協会発行)という2冊の本だった。著者は、三宅正雄氏。京大法学部卒業、昭和12年12月判事任官、名古屋・函館・東京の各地裁判事、法務省民事局大4課長、訴務長官総務室主幹、最高裁秘書課長、東京高裁判事を歴任。昭和54年11月勲二等端宝章受章。当時の現職は弁護士と弁理士だった。

この本は後の私のバイブルとなった。

その理由は弁護士や弁理士の出した法律書ではなく「雑感」というように、三宅氏の個人的な見解や考えが含まれており、素人の私にはわかりやすかったことだった。

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ウィルヘルム・プラーゲ 日本の著作権の生みの親

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また、その本を知るきっかけを作ってくれた人は、プラーゲ旋風「日本の著作権の生みの親〈ウイルヘルム・プラーゲ〉」(河出書房)の著者・森哲司(もり・てつし)さんとの出会いだった。彼は毎日新聞記者で他の著書では「バブルゲーム調書」(新潮社1992)などの本を書く社会派の記者だった。私はこの内容を直接聞き、感動した。それはたった一人で日本という異国の地で著作権を唱えた人だったからだ。

私はプラーゲの生き方、三宅氏の考え方を徹底として学び続けた。
そして、すべては判例にあり、数少ない著作権関連の裁判記録、判例を調べつくした。

そして、「私には著作権が存在していた」ことを知る。

まず、「著作権を譲渡していない」代金はもらったが「著作権使用許諾書」も「譲渡契約書」「覚書」もない。また、著作権を譲渡していたとしても「著作者人格権がある」これは著作権が譲渡されていたとしても著作者に許可なく勝手に改変し、公表してはならない権利のことだ。

もう、時効かもしれないが、あの会社はすでに倒産し、債権を他社に譲渡し、さらにその会社は転売を繰り返し、現在ある大手企業がその権利を握っている。

もし、私がこの創作者の権利、「著作権」を知っていたなら、あのときの顧問弁理士にちゃんと反論ができた。そして、私は著作権者として膨大な利益を手にしていた可能性がある。
そして、私は著作権の本を書き始めた。もうすでに25年の時が過ぎていった。

これが、私の「著作権」という長い旅のはじまりである。

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こんにちは、特定非営利活動法人著作権協会です。

私たち弱小で無名なクリェイターはクライアントにはとても弱い。その理由はお金をもらっているからだ。でもお金をいただかないと生活ができないし、生きていけなくなる。だから、自分を押し殺してでもクライアントの言いなりとなる。

私が一枚の絵を描くのに数日、いや数か月かけたからといって、セブンイレブンの時給1100円を稼ぐことができない。

アルバイトで一日働けば5000円から8000円近くもらえるのに、一枚の絵に何十日とかかったとしても、この労力に対して、一か月分として考えても、150,000万円から240,000円をもらうことができない…。随分とおかしい話だ。

「それは、あんたの能力がないから仕方がないよ!無名だしね…」、という人もいる。

でもね、無名だろうが有名だろうが人間であることには違いない。その人間が汗水たらして仕事をする評価にしてはあまりにも低すぎる。私の若き日から考えても、いまだに世の中が何も変わらない。

あれから40年過ぎても同じだ。

例えば私が1200円の定価の本を出版する、数か月かけて文をまとめ、その間何度も校正を続け、やっと書店に本が並ぶ。その間、約3か月から6か月、長くて1年なんて当たり前。

著者に支払われる印税は7パーセントから10パーセント支払われる。10パーセントの印税で1冊120円となる。3000冊で360,000円となる。一見大金だが、6か月、12か月で割ると恥ずかしい。

しかし、これが現実だ!30,000部、売れれば3,600,000の収入となる。しかし、年間2冊から3冊のペースで出版できたとしても、一般サラリーマンより低いかも。

私のような自称3,000部~5,000部作家は出版社には迷惑(損失)をかけずに済むが、利益率が低い。(能力がないので仕方がない…)それでも出版してくれるだけでもありがたいのだろう。

しかし、創作の労力はとても低い評価だ。

だが、著作権という権利は私的な財産権と、資産としての財産権という権利がある。たとえ、小であっても、大を倒す力もある、それが著作権の力といえる。

次回から解説を交えた、著作権Q&Aを開始。毎週(月)(火)(水)の3回連載です。みなさまに著作権の力を紹介しながら出発します。


ここまで読んでくれて、感謝いたします。

(特非)著作権協会でした。




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