見出し画像

ナオコライフ99 病気に感謝すると病気は癒される

2023.3.27非日常のあとの日常

6時起床。非日常のあとの疲れが出てよく眠れた。あわてて起きる。母も遅くに起きてくる。疲れたわ、といっている。なんだろう、いつもの家族の中に他の家族が入っただけでも空気は変わる。名残がある。別に妹が悪いわけではないけれど。いつも通りの朝ごはん。少し頭が痛い。片づけしてから部屋で横になる。

11時、まだ頭が痛い。ずっと横になっている。レイキしてるけど効かない。夢なのかイメージか反芻か、一瞬のうちにいくつも頭の中を巡る。12時に母から昼ごはんのことで連絡があり、台所におりる。冷蔵庫をみて、焼きそばにする。作りはじめたら少し頭痛いのが飛んでいった。食べたらだいぶすっきりしてきた。ひたすら白湯を飲むばかり。

昼ごはん後、洗濯物をたたみ、部屋へあがる。まだ頭は痛いけれど、雑誌を見ることにする。活字より写真をみてくつろぐため。気も楽だし。こんなときは民芸の雑誌で満たされる。ぬくもりのある民芸品にどれだけ魅了されているか。日々使う中で、その実感はわたしの心に刻まれている。うつわを選んできてよかった。うつわがあるからこそ、さあ今日の料理に精をだそうか、という気になる。

早めにお風呂につかったら、頭が痛いのが楽になった。そのまま、夕ごはんの支度。また母とケンカしながら食べ終わる。よくあること。



2023.3.28病気に感謝すると病気は癒される

5時起床。コーヒー淹れる。だいぶよく眠れている。何よりうれしい。一日の基本的なことだから。体調を崩す場合、いきなり大きな病気になる人と、ちょこちょこと病むことでバランスをとっている人といるらしい。わたしは前者だ。病気になってみないとありがたみがわからなくて、そんな誰も望んで病気にはならないとおもうけれど、でも病気になったからこそ自分の体質、不摂生に気づくのが常だから。病気に感謝したときに、病気は癒されていく。わたしもどれだけ余計なことをしてきただろうか。その時はどうしようもなく切望していた習慣を今となってはやめてきたおかげで、このコンディションを維持している。

緑茶を淹れる。最近はYouTubeの時間を減らし、読書に切り替えている。ぼんやりする時間も長くなっている。こんなところでもバランスをとっている。同時進行で5冊は読むから、なかなか一冊を読み終わらない。わたしには読書があっている。

いつも通りの朝ごはん。食後に、白湯を飲みながら読書。長く読みかけている、荒井裕樹『生きていく絵  アートが人を〈癒す〉とき』を読む。精神病院の造形教室でのこと。精神障害者がアートを通して癒されていくことについて。自らも直面している問題。深い深い問題。わたしが自殺願望を抱かなかったのは、発症しても写真への意欲があったからかもしれない。やめさせないでいてくれた、両親に感謝しかない。フィルムで撮っていたから、どれだけお金がかかっていたか。だけど許してくれていた。病む人が何かを表現手段にできたとき、回復の一歩となる。それだけは実体験としていえる。

めいっこに小学校入学のお祝いを送りに郵便局へ。その足で母と大手スーパーまでいく。晴れてきたから、家に着いて木蓮の花びらを拾う。

昼ごはんを食べる。以前から朝方、台所でカサカサ何かいる音がしていたけれど、最近になって居間の天井にもいるらしく母が床下に穴を見つけた。ネズミだ。穴の周辺にある笹などを取り出したのでわたしは掃き掃除をした。穴を埋めたらしいが、ネットを買ってくるといっている。さて、どうなるかな。あまりに体がかたくて音を上げているのでヨガをやる。だいぶすっきりして、コーヒー淹れる。

夕ごはんのふろふき大根にすが入っていた。もうそんな季節に。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?