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受験を終えて 〜回顧録〜

高校受験、大学受験と、おそらく3年後に受験するであろう大学院受験を除けば、人生のステージの一つとなる受験を終えた。後期の合格発表も終え(落ちていた。共通テストE判定なので当然である)、全てが終わったのだという感慨に満ちている。青春時代が終わりを告げたような感覚があり、今は一種の無気力感が全身をまとっている…
そこで、YouTubeでゆっくり解説を見たり、Xを四六時中スクロールしている時間を有効活用するために受験を振り返ることにした。これは勉強法などは一切関係ない回顧録である。かなり字数が多いが、読んでくれた誰かに響いてくれたら嬉しい。ちょっと言葉足らずなところや筆者のねじ曲がった表現が出ることがあるが、勘弁してください。


理想だけを追っていた受験時代

私は小学4年生あたりに先生に叱られた時に「お前って本当口だけだよな!いい加減にしろよ!」と言われたことがずっと心に残っている。書道の筆をn回忘れて、「次はもうしません」と言ったときに言われた言葉だった。先生は、私の忘れぐせを正すために言ったと思うが、人生のさまざまな場面で脳裏をよぎる。一応先生の名誉の為に言うと、生徒を尊重し、ユーモアもあり、明るい、素晴らしい先生であった。
そして、高校受験の際、私は行けもしないのに、県内の私立進学校(偏差値72ほど)と県内の公立高校理数科(偏差値65)を志望校としていた。偏差値が高い高校、大学を第一志望とする理想の高さもそうではあるが、この選択には大いなる問題があった。

私は理数系科目が苦手なのである!!


しかし、理系の将来性の高さや、科学の奥深さや研究者という職業への憧れ、wakatteルールで偏差値が+5になることなどから高校3年生の夏(!?)まで理系でずるずる行っていた。高校受験の話に戻ると、結局私はS県の受験制度に救われ、偏差値67の私立男子校に滑り込むことに成功してしまった。

そして高校生になり、自分が完全な文系タイプであると知りながら理系を選んでしまった。周りからは止められたが、「得意より好きで選ぶ」という意味不明な理屈で理系を選んでしまった。今思えば、最初から国立文系を選択し、歴史選択でいけばもっといい大学に進学できたのであろうか…好きなことより得意で選ぼうという言説があるが、本当にその通りである。私は結局高校3年生の夏というとてつもなく手遅れ感がある時期に文転をし、一年の浪人を経て、文学部に進学した。そしてこの選択には後悔はない。地理選択にしたことには計り知れない後悔があるが。宇野先生ごめんなさい。
また、高校生の時、勉強法やおすすめ参考書などを漁りまくっていたが、肝心の勉強をほとんどしなかった。完全に痛い受験生である。情報を集めるのは重要だが、実際に書物に向かう方が大事であるということを己のキャリアを犠牲にして痛感したというわけだ。可哀想。さらに、タイトルの伏線回収のようだが、勉強は全くしなかったのに関わらず、理系の時は京都大学理学部や国公立大学医学部医学科を志望していた。ここまで来ると完全な病気である。文系を完全に舐め切っているという側面もあり、東大文系未満は社会一科目しかないから楽勝などという意味不明な妄想をさも真実かのように信じていた。3年前の自分に「お前は受験に真剣に向き合わなかった結果、浪人して、散々バカにしてた私立文系に行くことになるよ」と言って、10発ほど殴りたい。受験は厳しいので、ネットの強者や学歴観や受験に関するねじ曲がった言説を信じてはいけないと感じるのと、理想だけ高く、勉強もしないのは本当にダサく、せめて勉強してから理想を言えと思う。今では、昔の私のような受験生を見るたびに正直嫌悪感を覚える。理想ばかり高かったせいで、せっかく世間ではそこそこの評価である私大に進学したが、学歴コンプレックス気味である。厨二病は後にも影響を与えるという好例である(涙)
常に頂点を目指し続け、途中に現実に気づき、少しは現実的な選択をするもそれすら叶わない。不幸である。


性質

私は几帳面だという性質がある。いや、几帳面ではなく、強迫性障害と言われるアレである。この性質が、今のところは私の人生に暗雲を立ち込めさせている。他人からしたら理解不能なこだわりがあったり、順序通りでないと気が済まない、完璧主義であるという性質である。一見受験勉強には有利そうだが、全く活かせなかった。一生この障害に苦しんで生きるか、この性質を活かして何らかの分野で大成するのかは自分次第であろう。とにかく学歴第一主義と周囲の評判を気にするという性質も振り払いたい。今は自分の性質が自分の人生をうまく運用できておらず、全てが口だけ、構想だけに終わり、完璧主義のせいでいちいち気分が悪くなるという悪循環が生じている。そして、人生の重要な岐路で常に非合理的な選択をしているように思われる。後悔することが多い。何やら記事の情報が混然としているように感じるが、刹那的に言葉を並べているからしょうがない。


救い

ここまで、まるで自分はダメ人間で、人生において救われることがないと述べているように思えるが、唯一の救いがある。それは

浪人したこと


である。「でもおまえ国立前期後期全落ちして私文やんw」と思う人も多いだろう。もちろん、浪人してよかった!と手放しに自分を褒めることはできない。浪人生は第一志望校に受からなければ浪人は成功とは言い難いためである。なので、大学進学の面に関しては浪人したことが報われたわけではない。私立文系に進学といっても早慶ではないので尚更である。しかし、浪人して救われたなと思ったのは、初めて努力することを覚えることができたことである。(ことが多いな…)
自分は、好きなことには時間を忘れて没頭することがあるが、努力をしたことがない。今まで、「やらなきゃいけない」から逃げていたのである。しかし、浪人してやらなきゃいけない受験勉強と自分なりに向き合うことができた。不合格体験記(読んでなかったら是非読んでね)にも詳細に記した通り、勉強の仕方も勉強時間も全てが合格水準には届いていなかったが、努力することはできたのであり、まるで小学生のような感想だが、1%は浪人が活きたという事だろう。今後は口だけ人間であるというレッテルを剥がすために浪人生活で会得した?勉強態度を忘れず、目標を達成したいものである。目標を達成できれば、小学4年から無意識に自分に付きまとっていたコンプレックス、自己否定が少しは消えるのかもしれない。


終わりに

正直恥ずかしい。同級生などに読まれたら赤面ものである。しかし、これをあえて書いた理由は、自分の中の受験への歪んだ思いを言語化したい、同じような思いの人に共感してもらいたい、過激な記事でアクセス数を稼ぎたいためである。今は小中高時代の根拠なき自信は消え、無力感があるが、大学では何とか勉強して、少しでも達成ができればいいと思う。自分より学歴が上の人は日本でも100万人以上いて、もう学歴ではその人たちに勝てることはなく、学習能力でも負けており、一生勝つことはできないだろうが、自分なりの道を見つけて何とか自信が持てればいいと考えている。長いけど最後まで読んでくださってありがとうございます。


鴨川デルタ。京都で生活したいという密かな思いがある。

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