第一話 「悪政リンパ主」 5/5
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スーはわんわんと声をあげてごうきゅうする。
となりでは、トタンもしずかになみだをながした。
「ロー先生……、兄ちゃん……」
やじうまやらブッポーやらまばらに隠れる弟子たちなどオーシオのさいごをみにきた人々のしせんのさきには、腕を縄でこうそくされるソーヤンと、からだじゅうを傷だらけにしたオーシオ=ローがいた。
まえに立たされるのはソーヤンである。こよいはローがリンパにとってのメインなのである。そのぜんざにソーヤンの絞首刑がある。
「はじめろ」
とリンパの口がうごいた。
ブッポーがソーヤンをこずいて、台のうえに誘導。縄でつくった輪っかをつかんでひっぱってきょうどをたしかめる。
「待ってくれ!」
ブッポーがふりむいた。観衆の目も、緊張の空気も、その一点にしゅうやくされる。
「その旅人を見逃してやってはくれないか」
ローの声だった。
誰も答えないで、ただざわめく音がむらむらとひろまる。
「彼の罪はその因を私の行動に求めることができる」ローはいいはなった。「そもそも、ブッポーが彼を襲ったのは私の告発以来、法も警備も厳しくなったからだ。明確な基点は私の六年前の事件に存する。ならば、彼の罪まで私が負うべきだ。不運な旅人だけでも見逃して、私の、このオーシオ・ディ・ヘーハチ・ローの命だけで解決してくれないか。でなければ、私は死なん。死んでも死に切れぬ」
弟子たちがけわしい顔をするいっぽう、ソーヤンはほうけたようにただ彼をながめ、観衆はみな見上げるやら戸惑うやらその感情のさだめるさきを見失った。
いくらのちんもくがあったろう。ブッポーたちの一部が行き来したけっか、
「いいだろう」とリンパがいった。が、彼は卑劣なじょうけんをくわえた。
「しかし、二が勝手に一になるわけはない。おい、旅人、おまえの手でローを殺すんだ」
観衆はどよめいた。しかし、ブッポーによって、その発現はおしこめられる。
ブッポーがさっそく仕組みをソーヤンにせつめいしだした。ローが輪に首をとおしていることを確認。手斧をつかって柱のうしろにくくられている縄を裁つ。するとローはうさぎが罠にかかったみたく空中へとびあがる。そして重力にまかせて次におりてきたとき、もう足は地につかない。終了。
「どうしましょう。僕はどうすれば」
ソーヤンはつれて行かれたさきでローの耳もとにつぶやいた。「石さえあれば」そうつたえようとした。
「かまわずやってくれ」
「でも」
「……」寸刻の沈黙をみせてローは重々しくその口をひらいた。「私は後何年、暗闇の中に生きればいい。後何日、苦汁を舐めればいい。私の命の役目は、もうじゅうぶんはたした」
彼はこんどは軽やかにこうかくをあげてソーヤンの胸を手でついておしやると、そのままいっぽまえにでて観衆にたいして声をはった。
「正しさとはなんだ! 人が守るべきものはなんだ! 私はこの命の時間をかけ、その魂を蒔いた。いつかくにはかわる。正しき政治をあきらめるな。君の人生の、君のあいするものの人生をあきらめるな」
やってくれ。
ローの声がきこえたとき、ソーヤンはすでに斧をふりおろしていた。
・・・
ローはそらへとんだ。
はははははは。
わらったのはリンパとその一派である。
そして、
「あいつも殺せ」
リンパの合図で背の高い男がたちあがる。男はおおきくふりかぶり、ソーヤンめがけて石をなげるのであった。
いち早くそのことに気づいたトタンはその卑怯と不条理に目をうたがった。そして観念した。リンパの側近アクダマの投石をしらないものはない。かれのなげる石のそくどは黒天馬にたとえられ、家一棟をこわすのにぜんりょくは必要ないといわれている。現にアクダマの手から離れたしゅんかんに石はきえた。そして突風だけが観衆の頭上をすぎさった。
「兄ちゃん」
叫んで、目をうつすと、そこには石を掴んだソーヤンがたっていた。
「なんだと!! アクダマの投げた石だぞ!」
ソーヤンは石をなげかえした。アクダマよりもはるかに速く、石はアクダマの右腕をかんつうした。それからソーヤンが指をくいっとまげると石も旋回し、こんどはリンパの頭部を強く打った。リンパはきぜつした。しゅういのものは腰をぬかした。ブッポーもだれひとりうごかなかった。
ソーヤンは、石をこんどは自分のほうへ引きよせた。石は彼のすこし左にそびえる柱をつきやぶった。首吊り台はほうかいしてローが地面へおちた。ソーヤンは自分に視線のあつまることを意識し、台のまえにたつとおもむろに息を吸った。
「本を探している。僕の名はナンカ・オモロ・ソーヤン、北の地からきた石使いの旅人だ。本のある場所へ案内してほしい」
しかし誰も反応しなかった。
観衆のなかにトタンをみつけたソーヤンは台をおりてあゆみよったが、トタンはめをそらす。
「ここを……エーカをでてくれ。君に紹介できる本はない」
トタンはほかの弟子たちがそうするようにすぐオーシオ=ローのもとへいそいだ。
ソーヤンはその場をさる。
町をでて、南東へ。山へはいる。
彼のはいごで草が鳴った。ソーヤンは石をかまえる。
「きつねこわい」
スーがついてきていたのだった。
かくして彼はエーカをさった。
失ったものはなにもなく、えたものは幼い少女だけであった。
にゃー