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応援する快感、Jリーグ。

負けられない戦い

Jリーグで最も過酷な戦いと言われる
J1・16位とJ2プレーオフ勝利チームによる
J1参入プレーオフ決定戦の日、
2019年12月14日(土)、

私は「Shonan BMW スタジアム平塚」ホームゴール裏にいた。

勝者がJ1に残り、敗者はJ2に落ちる、
J1最後の枠を賭けた通称、
入れ替え戦と呼ばれるこの試合は、
天国と地獄の差という使い古された言い回しが
否応なく頭をよぎる、まさに一歩も譲れない戦い。

私が応援する湘南ベルマーレの対戦相手、
J2の徳島ヴォルティスのチャントは、
負けられないという意味では同じで、
こちらのゴール裏にも強く届いたが、
試合も応援も圧倒的勝利を目指す
ベルマーレのチャントも
キックオフと同時にピッチに渦巻いた。

image2 (003)開始

♪勝つのは俺達 湘南な~のさ 猪突猛進 勝利をつかめ♪


崖っぷちでの応援

試合開始数分はベルマーレの動きがよく
「やっぱりJ1とJ2は実力が違う」と高を括っていた私は、
やがてミスが続き、シュートに消極的なベルマーレのプレイに
ため息をつき続ける。
ヴォルティスのスペイン人監督に鍛えられた
組織的なサッカーに翻弄されてくるのだ。

そして前半20分にあっけなくゴールを許してしまう。

一瞬、静まるサポーター席。降格危機へのカウントダウン。
しかし、数秒でチャントを始める。

ベールマレ!(手拍子) ベールマレ!(手拍子) ベールマレ!(手拍子) 

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引き分けならJ1側チームのJ1残留というルールはあるが、
もちろんこのままで終われば、ベルマーレはJ2に降格し、
再びJ1に上がれる保証はない。
前半、悲壮とも言えるチャントが響き続けた。


あきらめるな、前を見よう!

0対1のまま前半が終了し、後半戦開始の直前だった。
サポーターのコールリーダーが拡声器でこんな意味のことを言った。

「(劣勢だが)僕たちは沈んでいられない」。

そして、ヴォルティスに先駆けて、選手入場前にチャントを開始したのだ。
このとき私は、この気持ちがあれば、
ゴールできる、と確信した。
そのチャントは、後半キックオフ前に、
ベルマーレの応援のシンボルでもある、あのフレーズに変わる。

♪BMWで共に闘う 俺らは歌うのさ 湘南のために♪

すると、後半から参加したクリスランが
フォワードの柱となって攻め込む機会が増える。
そして後半19分、そのクリスランがスルーした
ボールがゴール前に転がり、

松田天馬がゴール右隅に同点シュートを蹴り込んだ!

歓喜のスタジアム、
ゴォ~ル!と、
スタジアムDJの大アナウンス、
突き上げる拳、周囲の見知らぬサポーターとのハイタッチ!

ところが試合は再びヴォルティスがペースを握り、
危ないシーンが続く。
不安をかき消すかのように、チャントは強さを増す。
90分を超え、アディショナルタイムは4分。
1点の失点も許されない状況下でこの4分は長い。

♪どんな時でも 何も恐れず 自分を信じ闘え♪

残り1分もない時間帯で、このチャントが流れる。
終われ! 終われ! とサポーターが叫び、私も叫ぶ。
そして、そして、ようやくタイムアップ!

再び、“BMW”に歓声が上がった。
そのとき、スタジアムと選手、サポーターは一つの渦になった。

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応援する快感

サッカーの場合、ゴール裏はサポーターの聖地だ。
しかし私自身は真のサポーターではない。
日本各地のスタジアムに駆け付けることなどないし、
好きなサッカーチームが3つあることも、その理由だ。
だから1チームを熱狂的に応援するサポーターとは
そもそも一緒にはなれない人種だ。

しかし私は、だからこそ真のサポーターを愛し、
心から応援する。

サポーターのチャントは、クリエイティブそのもの。
きちっと統制がとれた、一つの様式美だ。
私はそこに、愛するチームへの敬意を感じる。

試合開始前の練習時間から、選手個々への声援が始まる。
選手が一人ひとり、手を挙げて応える。
サポーターと選手が観客席とピッチを超えてつながる。
それは今日、必ず試合に出るとは限らない、
ベンチの選手も同じだ。
こうして我々は、ピッチで戦う戦士たちと
気持ちで一つになる。

コイントスが終わって、ホイッスルが吹かれる。
さあ、試合開始だ。
手拍子と炸裂する声が、スタジアムを揺さぶる。

サッカーの試合には流れがある。
攻め続ける時間帯もあれば、攻め込まれる時間帯もある。
チャントは、あるときは攻めに勢いを注ぎ、
ときに劣勢の流れに抗う。

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得点がもたらす興奮を、さらにさらに高めるのは、
もちろんチャントだ。
しかし、サッカーという競技は、
得点が繰り返されるバレーボールやバスケとは違う。
ひたすらゲットゴールを願って、願って、
願いが届かぬ時間が圧倒的に多くを占める。
でも、だからこそ、願いが届くことを信じてチャントを続ける
サポーターの姿は美しく、
その声は私の胸を熱くする。
真剣勝負だから失点もある。打ちのめされる試合もある。
しかし、サポーターの姿は、まさにそのときこそが美しく凛々しい。

自陣のネットが揺れる瞬間、
こぼれる悲痛なため息の後、
すぐまたチャントは始まる。
さあ追いつけ! 
まだまだここからだ、と叫ぶ。
「あきらめない」は、
かつての“なでしこ”のキーワードだが、
サポーターたちのチャントは、
そもそも「あきらめない」が基本なのだ。

劣勢に、チャントではない野次が飛ぶ。
しかしそこには、愛するチームの試合を見続けてきた
記憶のデータに支えられた、確かな批評眼がある。
多くのサポーターは、監督より長く、
チームの試合を見続けている。
だからサポーターは選手を育てる。
だから野次を聞くのも楽しい。

私のサッカー観戦の喜びは、
屈強な身体が弾けるピッチの戦いに、
心沸き立つときと、
サポーターの姿を追い、その声を聞き、
私なりの力で、
その様式美に加わる瞬間にもある。
私は、歌えるチャントも歌えないチャントも歌い、
手拍子を、声援を、送り続ける。

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すべてのサポーターを応援したい

入れ替え戦を戦った“BMW”で、私はかつて
J2時代の湘南ベルマーレとファジアーノ岡山の試合を観た。
600kmの距離を超えてやって来た、
その日の岡山のサポーターは、
恐らく100人に足りない。しかし、
スタジアムの反対側からわずかに届くその健気なチャントは、
ホームで声援を送っていた私の胸を、じんわりと温かくさせた。

試合はもちろん、ファンのチームを100%応援する。100%だ。
しかし、
同時に対戦相手のサポーターのチャントにも惹かれる。
試合開始の前に、ホームの観客がビジターのサポーターに
「ようこそ」と拍手を送る、その瞬間も好きだ。
それは、サポーターに対するリスペクト。
Jリーグには、すべてのサポーターの存在を認める文化があるのだ。

サポーター席には、ピッチを観ることなく、ひたすら
サポーターを導くコールリーダーがいる。その純粋さに、 
迫力あるチャントを創る情熱を感じずにいられない。
そして、そこから生まれる
よどみない声と手拍子の様式美は、間違いなく観賞に値する。
それがあるから私は、応援に参加する喜びで満たされるのだ。

だから許してほしい。3つのチームを応援することを。そして、
すべてのチームのサポーターを応援することを。

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