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人は誰しも頭のなかに、記憶の醸造所をもっている。

人が生きていくうえで体験された出来事の有様は、
頭のなかにある醸造所のタンクに移される
(医学的に言うとそれは『大脳皮質』になる)。
そこに年月という“麹”が働きかけると、
ときに美化され、ときに思い込みや好き嫌いなどの添加物が加えられて、 
「体験」は、いつしか「記憶」という別の物語に醸されるのだ。

人の頭脳は世界に一つしかないから、
自分の記憶の醸造所と同じものは、この世に一つもない。
だから世界には、人口の分だけ、
記憶の醸造所が置かれている。つまり、
そこにあるすべての記憶は、
世界にたったひとつの物語なのだ。

一人称単数

村上春樹著「一人称単数」は、
すべて「記憶」につながる短編集だ。

それらの記憶は、フィクションと考えるのが常道なのだろうが、
一見リアルな衣装をまとった自身の少年時代の思い出から、
村上ワールドの神髄とも言えるセンチメンタルな恋物語、
そして、記憶だからこそ許されるような奇談に至るまで、8編。

いつしか自分の記憶の醸造所にある物語に
重ね合わせながら、読んでしまう。
言ってみればそれは、
小説の「記憶」と自分の「記憶」を
頭のなかの醸造所でブレンドしていた、
ということかもしれない。

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