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短編小説 五つ目の選択肢

 これは小説の文体で書いてみたというだけで、小説と呼べるようなものではありません。
 会社でコーチングの研修を受けた時に、コンサルタントの堅田不二子先生から出された「コーチングを実際にやってみてレポートを提出して下さい」という宿題に対して書いたものです。先生から大変お褒めの言葉をいただいて自信がついたという思い出深い文章なので、掲載してみました。

 今年入ったばかりの女子社員が、金曜日の6時過ぎ、仕事が片付いたようだったので、
「きょうはもう終わったのか。」と声をかけました。
「はい。」
「そうか。月曜日の朝、急ぎでやる仕事はあるのか。」
「はい。○○○の校正出しが・・・」とそこまで言って彼女は黙ってしまいました。
「どうした?」と問いただすと
外注に制作を依頼しているのだけれど、明日が土曜日ということを忘れて、明後日の夕方(つまり日曜日の夕方)までの期限で直しを依頼してしまったとのこと。お客様には、月曜の朝に提出をしなければならない。しかし、その前に必ず自分で見直しをする必要がある。それをいつやるか。彼女の顔は、仕事が終わったという安堵の表情から、困り果てた表情に変わっていました。
「外注さんにきょうできないか聞いてみたら。」と私の助言も
「きょう中には、やるけれど何時になるかはわからない、と言われました。」とあっさり退けられてしまいました。
「そうか・・・。と言っていつ来るかわからないものを、ただそれだけのために、待っているのもなあ。」と言いながらも、私の頭の中にはいくつかの選択肢が浮かんでいました。ひとつは、とにかく、きょう外注先から直しがメールで届くまで待つ。ふたつ目は、土曜日に出勤して作業する。三つ目は、自宅にメールを送ってもらって自宅でチェックする。三つのうちどれを選択するにしても、問題はそれを誰がやるか、ということでした。経験の豊富なベテラン社員なら、自分のミスは自分で責任をとらせればいいのですが、まだ入社して半年にもならない女子社員に夜遅くまで待っていろとか、土曜日に出てこいというのはちょっとかわいそうかなという思いが私の中にはありました。三つ目の案は、私のその気持ちの表れでした。一つ目と二つ目はわざと口にせず、三つ目だけを彼女に私は提案しました。しかし、彼女の自宅はあまりネットの環境が整っていないらしく、ちゃんと受信ができるかどうか心配だというのです。そしてその後、彼女は少しためらいながらも意を決したように、
「明日出て来ちゃいけませんか。会社で確認した方がいいと思うんです。」と言い出しました。その言葉は私には意外でした。私は彼女の口からは、解決策は出てこないだろうと思っていたのです。出るとしても、一つ目のきょう残って待っているという案だろうと思っていました。ところが、意外にも土曜出勤をしたいという。私はその彼女の思い切りに驚きながらも、少し嬉しく思いました。ああ、そこまでの責任感を持ってくれていたかと。私は、彼女の意思をそのまま採用しようかどうか迷いました。私の頭の中には、まだ新入社員にたとえ自分のミスであっても、土曜出勤までさせるのは、酷だろうという考えが残っていました。
「実は、私もあした会社に出てくる用事があるんだ。あした私が直しをチェックするから、直しの説明をしてくれ。」と私は突如、四つ目の案を彼女に提案しました。今度は彼女が驚いたようでした。説明をする彼女の目には涙が溜まっていました。説明が一段落すると、彼女はトイレに駆け込んでいきました。自分の代わりに仕事をしてくれるのが、嬉しかったのか、あるいは、そんな自分が、不甲斐ないと思ったのか、私はあえて尋ねはしませんでした。前者だと思いたかったのですが、別にどちらでもいいと思いました。彼女が自分の口から、土曜日に出てきたいと言ってくれたことだけで、私は満足でした。とりあえず今回はこれでいいかなと思いました。しばらくしてまぶたをはらしてトイレから出てきた彼女が、パソコンでメールを確認すると、
「あ、来ました。」と嬉しそうな声をあげました。
外注さんが思いのほか早くやってくれたのです。
「よかったなあ。よくお礼をいっときなよ。これからはカレンダーをよく見て予定を立てるようにな。これで私も明日出て来る必要がなくなってほっとしたよ。」と思わず本音がこぼれてしまいました。



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