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短編小説 大きくなったら何になる?

 大きくなったら何になる?と聞かれることがきらいでした。おとうさんがよく言っていた「メシを食っていく」という言葉がきらいでした。卒業式に校長先生が「日本の将来は君たちが担っていくんだから」とおっしゃるのを聞くといやな気持ちになりました。生活とか責任とか、考えるだけでユウウツになりました。好きなことをして…と言っても別に「遊んで」という意味ではありません。好きなことをして生きていきたいと思っていました。ただやっぱりお金はかせがないと、ゴハンが食べていけないということもなんとなくわかっていました。
 「大きくなったらなんになる?」と聞かれた時にどう答えたらいいか、答えを考えておくことにしました。「八百屋さんになる」と答えることにしました。なぜなら八百屋さんはもうかると思ったからです。ぼくは毎日おかあさんと歩いて八百屋さんに買い物に行っていました。大根や白菜、お魚にお肉、ときどきお菓子。いろんなものをたくさん買います。それをお買い物かごに入れて帰って来ます。毎日たくさんの人が買い物に来ます。みんな毎日ごはんを食べなきゃいけないからです。八百屋さんはぜったいもうかると思います。なぜみんな八百屋さんにならないのかふしぎでした。
 それをおにいちゃんに話したら、
「だったら米屋の方がもっともうかるぞ。」と言われました。
「おかずはなくてもご飯はなくせないからな。」
なるほどと思いました。でもおにいちゃんはお米屋さんにはならず、キッサテンをやるんだと言いました。コーヒーや紅茶を飲ませてくれるお店です。一度も入ったことはありませんが、家の前に「ジュンキッサ」が最近できたのでなんとなく知っているのです。あんなもんでもうかるのかな、八百屋さんの方がもうかるのになと思いましたが、だまっていました。食べていくってことはやっぱりよくわからないと思いました。
 
 それから五十年以上も時がたちました。久しぶりで生まれて育った町を歩いてみました。町はすっかり様変わりしていました。毎日買い物に行ったあの八百屋さんは営業をやめていました。空き家になって、シャッターがおりたままで屋根のかんばんもボロボロでした。ぜったいにもうかると信じていた八百屋さんがなくなってしまったのです。近くに大きなスーパーができてたくさんのお客さんが車で買い物に来ていました。八百屋さんにならなくてよかったと思いました。
 もうすぐ定年です。 
「会社をやめたら何をするんですか。」
とよく聞かれます。今度こそ、
「好きなことをして生きていくよ。」
と答えようと思っています。

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