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読書感想文『本陣殺人事件』因果は巡る糸車

(少しだけネタばれ注意)
 横溝正史の『本陣殺人事件』は、戦後の昭和21年に発表されたミステリーだが、小説の舞台となるのは昭和12年11月だ。前年に2・26事件があり、12年7月には盧溝橋事件が起こり、8年に亘る日中戦争が始まる。そんな年に、横溝正史の疎開先であった岡山県倉敷市で起こった事件、という想定である。
 この小説は、映画にもなっているし、(余談だが、ATG版では若き日の中尾彬が金田一役で出ている)テレビドラマ化も何回もされているが、戦争の臭いはほとんどしない。書かれたのは戦後だから、戦争の要素を盛り込んでも何も言われなかったと思うが、不思議なくらいしない。その小説から戦争の臭いをかぎ出そうというのが今回の私の試みである。
 事件の中心となるのは、2つの家。一柳家と久保家。一柳家の長男と久保家の一人娘の結婚式の夜に事件は起こる。一柳家は、江戸時代には代々、本陣を務めてきた家柄。今は大地主になっている。一方、久保家は、一柳家の小作の家柄。娘の父親とその弟がアメリカに渡って果樹園で成功して、それを日本に持ち帰ってさらに大成功を収めたため、身分違いの結婚となった。といっても家族や回りの反対が多く、長男が一人で押し切った格好ではあった。
 この一柳家と久保家。古い日本の封建的で閉鎖的な家柄である一柳家と、アメリカで成功した久保家。ここに日本とアメリカの対立が見られる。日本の古い家の封建的体質が、アメリカ的合理主義に染まった家を巻き込んだ殺人事件というところに、太平洋戦争への、横溝正史の静かなる批判が感じられないだろうか。
 事件の舞台となるのは、一柳家なので、随所に日本的な小道具が出てくる。琴、鎌、日本刀、日本手ぬぐい・・・。そして水車。それらが、すべて殺人の道具として使われる。さらに雪。雪の夜、日本刀、斬殺、と聞いて2・26事件を連想してしまうのは私だけだろうか。切れたA型の狂暴性が如実に現れた瞬間である。
 切れたと言えば、切れた琴糸。切れた琴糸は水車に巻き取られていく。琴糸の巻き付いた水車は、大きな糸車に見えないだろうか。因果は巡る糸車。日本的な封建的気質はいつの時代になっても、狂気を孕んでいる・・・。

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