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「えがおの駄菓子屋」運営してる君は誰?#1

皆様こんにちは
愛知県春日井市岩成台に「えがおの駄菓子屋」を作った毛利です。
今日の投稿は、「えがおの駄菓子屋」運営している君は誰?です。
ちょっと一言で語るには面白い人生なので、何回かに分けて僕の人生が「えがおの駄菓子屋」に至るまでを投稿しようかと思っています。

北海道で過ごした十代

1977年早生まれ、生まれた場所は北海道釧路市です。
小さい頃はお爺ちゃん、お婆ちゃん子で隣町の厚岸町で夏・冬休みなんかずっと過ごしていた記憶があります。
戦争生き抜いた人らしい清廉潔白な印象のお爺ちゃん・お婆ちゃんでした。
小学校二年生で釧路市から北海道函館市に親の仕事で転勤。
小学校五年生で函館市から旭川市に転勤、その後中学生になるタイミングでまた釧路市に戻ってきてから高校卒業まで釧路市に居ました。
中高生の頃は、少しヤンチャながらも親の歴史の本を読み漁っているうちに自然と歴史が好きになり、歴史とは戦争の歴史だと認識し、何かあったら戦わないと!と単純理解で自衛隊に入るのを目指していました。
ところが・・自衛隊の試験全て落ちました!(笑)
落ちた理由に気づいたのは20代後半。1990年代に自衛隊の試験落ちます??
これには、深い訳がありセンシティブであり、いつか有料記事などでお伝え出来たらと思います。
それでも、戦争とは?を知りたい僕は、ある日図書館で一冊の本に出会いました。1960~70年代に世界で傭兵として闘った日本人、柘植久慶さんの
「最強兵士への道」フランス外人部隊完全入隊マニュアル

この本読んだせいで人生変わっちまった

そこには外国籍でもフランスの軍隊に入隊でき、しかもそこに居るのは母国に居れなくなった犯罪者や、荒くれ者、世界の腕自慢が集い、何かあったら真っ先に最前線にぶち込まれる世界一有名な愚連隊組織!

おお・・!望んでいた漫画みたいな世界じゃないか!

そんなに凄いのか?行ってみたい、俺やれるのか?耐えられるかな?
でも世界のやばい奴一杯いるんだろ?・・・くっそ~やったろやないかい!
そう思って妹にだけ挑戦することを告げ、親を頼んだとかっこいいセリフを言って19歳の時に単身フランスへ乗り込みました。・・初めての海外旅行!
そこで、外人部隊の基地の門を叩き、唯一覚えろと本に書いてあった言葉
「ヴォロンテール!」(志願者)
と一言告げて、基地内に招き入れられました・・・
そこからの僕の冒険譚は別記事で書こうと思っています。
何せ、ネタの宝庫でしかないので(笑)

こんな格好もしました
行軍訓練の風景

とにかく、そこで4か月の教育訓練を乗り切った僕は・・・

俺、やれるじゃん!そしてこんなにも世界は面白いのか?

と考えるようになり、心にモヤモヤが生まれていきました。
原因は教育期間を終えるとフランス国内もしくは海外のフランス外人部隊駐屯地へ配属になるのですが、一任期が五年だったことです。
本には三年って書いてたのに五年なんだ・・
今二十歳でこれから五年ただの兵隊か・・この元気も根性もある時期にただの兵隊か・・・もっと世界が見たい!
そう思ってしまった僕は、上官に任地の希望を聞かれたとき、
「やめま~す!」と言ってしまいました。
その後の僕がどんな恐ろしい目に遭ったかはご想像ください(笑)

そりゃそうですよね!フランスの税金使って世界の荒くれ者を一人前の兵隊にしたばかりです。やめるとかマジ腹立つ!
でも、脱走兵になると今後フランス圏ではずっと犯罪者になってしまう。
だから、正直にやめますと伝え、なけなしのお金で日本へ帰国し、釧路市へ帰って行きました。
心配かけた母がどんな顔するか・・緊張し家の前で待っていましたが、
母国を捨てようとした僕に、最初に母がかけてくれた言葉は・・

臭っさ!あんた何?くさいわ~

でした・・自分が臭いのに気づいたのは、日本のご飯を食べてしばらく経ってからです。

海外に行くためにだけに生きていた二十代前半

帰国後、次はオーストラリアにワーキングホリデーに行く!と決めた僕は
愛知県のTOYOTA工場で期間従業員としてお金を貯め、ワーキングホリデーのビザを取りオーストラリアへ向かいました。
オーストラリアでの一年間も思い出とネタの宝庫ですが、
それも別記事になるくらいあるので、いつかそこで説明させて頂きます。
次の転機は、オーストラリアからの帰りがけに東南アジア四か国(タイ・カンボジア・ベトナム・ラオス)を一周したことです。

アジア面白れぇ!

オーストラリアとは全く違うカオスな国々。
まだカンボジア内戦やベトナム戦争の記憶が遠くない人々、ほぼ舗装されてない幹線道路、フランス外人部隊とはまた違うヤバそうな空気の人々、美味しいご飯と麺、最悪の交通手段、普通にそこらへんで見る銃、など充分に僕の五感を刺激する物ばかりでした。

バックパッカーの聖地、タイのカオサン通り
カンボジアのアンコールワット
ベトナムの水上マーケット

新しい世界を見たものの、とりあえず資金が尽き帰国。
そこからは、ワーキングホリデーで仲良くなった友達の近くに住むわ!
と軽い気持ちで、愛知県名古屋市に住み着き、ぼんやりとまた海外行くためにお金を貯める日々。
何処に行きたいとか何も決めていないままダラダラと貯金していました。
そんな時に見たのが沢木幸太郎の小説「深夜特急」です。
小説はインドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで旅をする話なんですが、その行程かアジア横断だったか忘れましたが、とにかく100万円で出来るか?みたいなのを友人と出来る出来ないを賭けるみたいな一節が小説の中にありまして・・

余裕で行けるっしょ!よし、やったやろ~じゃない!

と、また良くわからない対抗心が出た僕は、深夜特急とは違う、

タイのバンコクからトルコのイスタンブールまでローカルバスか列車で
100万円以内でアジア横断してやる計画が発動しました。

軍事政権バリバリのミャンマー、最強ゴキブリ大国バングラディッシュ、
戒厳令や死ぬかと思った転倒をしたネパール、国境入って五分で喧嘩で喧嘩の嵐インド、今じゃ怖くて行けないパキスタン、裏設定ありだったアフガニスタン、ここでも喧嘩イラン、神々の聖地シリア・ヨルダン・レバノン、
物価高すぎイスラエル、ピラミッドにビビらなかったエジプト、バスにエアコンがあるだけで先進国トルコ・・とにかく淡い思い出ばかり(笑)
この旅路の詳細もまた別記事でお伝えしますね!こちらもネタしかないので。(笑)

アジア横断計画の結果は??

ぶっちぎりで勝利!かかった期間は4か月弱、使ったお金は30万弱と
勝手に「深夜特急」に勝利宣言し、海外への旅行欲に一区切りをつけた僕はフランス外人部隊で自分にした約束を果たすことに決めます。
韓国のテコンドーを極める!
25歳になり、すっかり選手としての適正年齢過ぎてますが僕は本気です。
あの時自分に課した約束を果たすために・・・・

「えがおの駄菓子屋」運営してる君は誰?#2へつづく


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