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私の令和が始まった日のこと

2019年の5月1日はフランスからスペインに移動していた。
その前日の4月30日は日本では平成最後の日だったが、フランスでルピュイの歩き旅中だったので、それほど感慨深いものはなかった。
それよりも今回の歩き旅の終着点コンクに到着した日だったから、そっちの喜びの方が大きかった。



平成最後の日は高校時代の友達4人のグループLINEで当時やり取りをしていたのだが、4人のうち私を含めた独身3人が全員海外に旅行中で、唯一の既婚者も国内旅行中と、4人ともが家にいない状況だった。
1人はイギリスに母親と旅行していて、結構いいホテルに泊まっており、もう1人(ポン子さん)はニューヨークで友達の家に泊めてもらっていて、私はコンクの修道院の屋根裏部屋に泊まっていた。
そしてもう1人は子供らと一緒に日本にいて、時間も場所も旅の内容もバラバラの写真がグループLINEを飛び交っていた。
20年以上前に一緒のクラスで授業を受けて、喋って、下校途中にささやかにミスドに寄り道したりしていた、狭い世界で生きていた女子高生4人が40代にもなるとこうもバラバラの世界に広がるのかという驚きと、それぞれの好き勝手具合が面白かった。
ヒルトンホテルの朝食、コッツウォルズにシェイクスピアの家、観光バスがベンツというイギリスからの報告と、寒そうなニューヨークからはカフェで財布忘れたけど見つかった事件の報告やラーメンマフィアというラーメン屋の写真、私は一日中歩いている日々の風景を写真で報告。そして日本からは奈良や大阪の写真。
とにかくまあこうもバラバラなのかという世界線でそれぞれに楽しく令和が始まろうとしていた。
40代の女性4人のこのバラバラさ具合にも笑えるのだが、今思えば、今のところ、自由に旅できた最後の春だったような気もしなくない。
新しい時代、令和の始まりとしてこの自由さや楽しさはとても象徴的なのではないかと勝手に思っていたのに、令和はまだ見ぬ波乱の幕開けだったのかなと、その後に起こった地球規模の感染症パニックのことを思うとそう感じる。

翌日、1日かけてバスを乗り継いでフランスを大移動しスペインに入る予定だったのだが、バスの乗り継ぎ待ちで少しトゥールーズの街に立ち寄った。

トゥールーズでは、街のあちこちでスズランの花が売られていた。
英語の話せるフランス人と少し話して、今日5月1日はスズランの日だと知る。
好きな人にスズランの花(ミュゲmuguet)を送り合う日らしい。
幸福の訪れを意味するスズランはかわいい花だし、5月は私の誕生月なので買おうかなと思ったが、移動し続ける日だったのでスズランを買うのは断念した。
トゥールーズの街はお店がほとんど閉まっていて、そう言えばメイデーかと気づいた。

そもそもトゥールーズで楽しみにしていたのはカスレである。
カスレという名物料理があると旅仲間より聞いて、それが何かはよく分からないまま、とりあえず煮込み料理ということだけを押さえてトゥールーズへやってきた。
カスレカスレカスレ。そう唱えながらトゥールーズを歩き、たまたま開いていたいい感じのビストロを見つけて入った。

生まれて初めて食べたカスレはとても美味しかった。
1人で食べるには量も値段もボリュームがあったが、柔らかい豆や腸詰めが入っていて、鴨肉も柔らかくて、優しい味で、でも脂がドカンとくる濃厚さもあった。
フランス料理の幅広さにまた降参してしまった。田舎料理なのに複雑。なのに、というのは偏見かも知れないがそんなふうに感心してしまった。

カスレに感動した後、歩いてバス停に戻ろうと思ったら、イエローベストのデモに出くわしてしまった。
最初は街中にちょこちょこ警察官が歩いているなという印象だった。
しばらく歩くと楽しげなマーチングバンドやパレードのような人だかりがあった。
興味本位で近づいてしまった。

最初はそこに緊迫感はなかったのだが、気づいたらあっという間にものすごい人だかりになった。
そして黄色いベストを着た集団を見つけて息を呑んでしまった。

ノートルダム寺院の火災や、怪我人や逮捕者の出る激しさを増すイエローベスト運動のデモなどの報道が日本でもいくつも見ていたので、巻き込まれたら大変だと嫌な汗が止まらなくなった。
急に混雑して身動きが取れなくなってしまった。警察官が大勢出てきて、今にも衝突しそうな緊迫した状況になり、なんとか小道に逃げ込んで駅の方へと大急ぎで戻った。
スズランの花で何となくウキウキした明るい気分だったのに、デモの行列に呑み込まれたことで危険と背中合わせだという現実に身を引き締めさせられた。今思えば私の令和の始まりに少しの影は落ちていた。

移動を続けてスペインに入り、ビルバオのホステルのテレビを見ると令和天皇の皇位継承の儀式が放送されていた。


一緒にいた人に「ニュー・カイザー?」と聞かれて迷った。
カイザーとは…。よく分からなかった。
「うーん、ニュー・エンペラー」と私が答えたら、「カイザーとエンペラーとどう違う?」と聞かれて余計分からなくなった。
少し間をおいて、「もしかして彼はテンノー?」と彼に聞かれた。
「イエスイエス!テンノー!」と私が答えて、2人で分かり合えた。
ヨーロッパでは「テンノー」で通じる人もいるのか。
それに、小さな国の日本の平成が令和に代わって新たに令和の天皇が即位する様子がスペインのテレビで流れるとは。
この時に初めて私の令和が始まった実感があった。
希望に満ちた自由で新しい令和が始まる。
それが楽しみでもあるが、イエローベスト運動に巻き込まれかけた時の嫌な汗がなんとなくどこか尾を引いているような、そんな日だった。

今日、何となく思い出したので。

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