恋でもない、愛でもない、なんでもない。

映画『青春18×2 君へと続く道』は36歳の主人公が18歳の思い出をたどるロードムービーだ。
なぜここまでぼくの心に刺さったかと言えば、たぶん似たような経験があるからかもしれない。
べつにこれは恋愛話でもないし、青春の甘酸っぱい話でもない。
でも、たしかにひとりの人間がこの世に存在し、生きていた。
彼女はいまもぼくの心のなかでは生きている。

大学入学当初、ぼくは怠惰な生活を送っていた。
はじめたバイトは初日でクビになり、かといって勉学に励むワケでもない。
大学生というものは一種のモラトリアムで、どれだけダメ人間でいられるか。
ダメ人間=大学生くらいに思っていた。
だもんで、所属している映画サークルの部室に顔を出しては、ダメな先輩とともにアルコールを舐める日々。
これといって映画を熱心につくるわけでもない。

さすがに大学一回生にして、この状況は見ていられない。
見かねたひとりの先輩がぼくにアルバイトを紹介してくれた。
それは区役所の選挙事務のアルバイトだった。
選挙事務って言葉が表すとおりお堅い仕事でまわりは定年を引退したおじさん、おばさんばかり。
そのなかでたったひとり年齢がちかい人物がいた。
それが彼女だった。

ここではKさんとでも呼ぶことにしよう。
Kさんはぼくより5つ年上で不思議な存在だった。
というのも、当時は大学卒業してフリーター(のちのち同じ道をたどるのだけど)なんて考えられなかったし、社会というモノをそもそも知らなかった。
知らなかったけれど、知ったふりをして、ひとを小馬鹿にして生きていた。
だもんで、Kさんのこともちょっと下にみていたと思う。

話が長くなるので割愛するけれど、ぼくが社会を学んだのは選挙事務での経験が大きい。
たくさん叱られたし、たくさん社会を生きるうえでのアドバイスももらった。
結果、ぼくは在学中、選挙があるたびにそこでせっせと働いた。

というのは、べつにどうでもよくって、そうKさんの話。
彼女はぼくにとって生きるのに必死に写った。
何に対しても全力でまさに好奇心の塊。
学歴もよくって、「なぜいっしょにアルバイトしているのだろう」と感じるほど。
どんな会話をしたかまでは覚えていないけど、マジメな話やくだけた話。
いろんな話をしたはずだ。

期間限定のアルバイトといっても、選挙のひと月前から選挙のひと月後まで約3ヶ月。
週5、フルタイムで働いていたので、大学の同級生よりも同じ時間を共有していたと思う。
ぼくがやることに対して、家族以外で応援してくれるひとがいなかった当時。
彼女はいちばんの味方だったと思う。
映画の脚本や絵コンテを描いたら真っ先にみせてアドバイスや感想をもらったし、それがぼくにとって励みになっていた。
あとは手にしたばかりのカメラで被写体にもなってもらったことをいま思い出した。
彼女きっかけでぼくのカメラ人生ははじまったといっても過言ではない。

そんな彼女の訃報が届いたのは、09年の12月25日。
フジファブリックの志村さんが亡くなった翌日だ。

"Kさんが亡くなりました。"

ぼくは一通のメールを前にして動揺を隠せずにいた。
ちょうど大学の裏門前、夜で真っ暗で校舎が煌々ときらめいていた。
なんの冗談かと思ったけれど、冗談なんてことはなくって、ぼくはぼくの人生を悔やんだ。
もっとKさんと話しておけばよかったし、もっと同じ時間を共有したかった。
べつにこれは恋でもないし、愛でもないし、なんでもないのだけど。
当たり前のように簡素に過ぎゆく時間対して、すこしでも実りのあるものにしたかった。

"後悔先に立たず"

ぼくはあの日からすこしでも悔やまないように人生を歩みたいなと思ったのだった。
ぼくの人生の歯車が動き出した瞬間だった。
それからいろいろあって、またもや怠惰に生きているけれど、映画『青春18×2 君へと続く道』を観て、Kさんを思い出して、そろそろ改めて動き出さなきゃなって感じている。

えいやっ。

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