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恋は契約・妥協・忍耐…?
恋人ってなんでしょう。
恋じゃなくて、恋人。
友人とのやりとりで、突然ちょっとだけ話題になった。
友人の一人はこう答えた。
「恋人とはあくまで関係の名前であって、別に相手が自分のものになるわけじゃない。自分以外の存在は、結局他人なんだから。」
もう一人の友人はこう答えた。
「恋人とは自分の身体の一部のようなもの。所有物とかではなくて、自分だから大切にできる。拒否反応を起こすなら摘出したいし、悪くなっているなら苦しいから治してあげなきゃと思う。そういうもの。」
ほうほう、なるほどなるほど…。
おっと、私もこの流れで答えないと。
私にとって恋人とは、「契約」の一種。
契約内容はカップル各々で作り上げていくと思うけど、特に世間では「相手とセックスできる権利を与える」「原則その相手と以外はセックスしないこと」みたいな契約が前提になっているという印象がある。本来はそれも合意を得る必要がありそうなのに、暗黙の了解になっている気がする。
契約だから、その都度関係を更新している必要が本来はある。例えば、「逃げるは恥だが役に立つ」のヒラマサさんとみくりさん。二人のように書面に残すほどではなくても、あれが理想的な関係だと、思う。
…ちなみに、恋人の契約が継続され続けたからとはいえ、必ずしも「婚姻届け」という契約には結びつくとは限らない。それは肝に念じておかないといけない。
「そうそう、世間の恋愛って契約っぽい感じがあっていや。
一緒にいるから、セックスするから、多少いやなことは我慢してねって言われているみたい。」
私の答えに、「身体の一部」派の友人がかみついてくる。
どうやら、彼女は私の答えが、今の世間の恋愛観に近いと思ったみたいだ。すごく不服そうだけど。
でもまぁ、たしかにそうだよね。
今はノンセクシャルと呼ばれる恋愛観もあるぐらいなのだから。恋人になったからといって、必ずしも相手と性的な関係を持ちたいと思っているとは限らない。私は性的な関係を持ちたい派だけれど、それも必須の関係だったらいつかは疲れてしまうだろう。というか、疲れて&すぐに飽きられて別れてしまったことだってある…。
それに「結婚は忍耐」という言葉が、世間には根強く残っている。
多少合わないことはあっても、それは相手とすり合わせて妥協しながらやっていく…。それはまぁ、理解できる。恋人においても夫婦においても、それは必要事項だろう。
ただ、モラハラとか、DVとか、相手の生活を蝕むほどのヒモとか、「男なんだから」「女なんだから」と役割を押し付けたりするとか…。
どちらかが、妥協…というより我慢しっぱなしな関係も、この社会では案外許されている…。そんな気がする。
忍耐・妥協・我慢…。それらをするにしても、なるべく無理のない範囲で。
互いに敬意を払いつつ、感謝しつつ、協力しつつ、でも言いたいことはちゃんと伝えて、その都度、互いが納得できるような関係をまた作り上げていく…。
恋愛をするなら、結婚するなら、そんな関係でありたいものだ。
…なんて言ったら、
「結婚は遠そうだね」
と友人からバッサリ。
うーーん、そう。現実、なかなかそう上手くはいかないんだよなぁーー。
みなさんはどんな恋愛観をお持ちでしょうか。
野乃
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