青色に魅せられた日々
高校生の頃、憧れの先輩がいた。
その人は、一つ学年が上の、美術部の先輩だった。
彼女は、ナウシカのような声をもっていて、よくとおる声で歌ったり、おしゃべりしたりしながら、いつも楽しそうに絵を描いていた。
いつも背丈ほどもある大きなキャンバスにむかって、腕まくりしながら、力強く筆を走らせる。
弱っちい腕で、かぼそい線を引く私とは対照的だった。
先輩は、いつもアクリル絵の具で描いていたけれど、水彩を使っても、アクリルや油絵具で描いたような重厚な仕上がりになる。筆には水をほとんど含ませずに、ほとんど絵の具の水分だけで描いていた。
いつも彼女の力強さが、眩しかった。
先輩は、私が入部した当初から、青い絵を描きつづけ、
引退するまでに、青い絵の三部作を描き上げた。
私は、その二作目が特に好きだった。
深い海の中で岩礁の合間に女性がいる。
女性は、そっと手を耳に添えて、水の流れを、水の音を、聴いている。
その絵には、「呼吸」という副題がついていた。
女性は、海の中で呼吸しているのだ。
私は、その絵を見るたびに、深呼吸しているような気持ちになった。
先輩は、部活を引退したあとも、しばらくその絵を美術室に置いていた。
私は、美術室に誰もいなくなると、先輩の絵の前に立って、飽くことなく、その画面を見つめた。
先輩の才能に対する、羨望や嫉妬の気持ちもあったと思う。
だが、それ以上に、この絵をただ見ていたいという欲望があった。
絵を見ている間、時間が止まったようで、私はいつもあわてて帰りの支度をした。
先輩は、高校卒業後、美大に進学した。
先輩がグラフィックデザイン学科に入ったと聞いたとき、先輩はもう大きなキャンバスで描くことはないのかなと、少しだけ寂しい気持ちになった。
いつまでも、先輩には大きなキャンバスの前に立っていてほしかった。
けれど、SNSで先輩のグラフィックデザインを見たとき、パソコンで制作したデザインの中にも、先輩の筆遣いが感じられた。
キャンバスが小さくなっても、先輩のほとばしる情熱は、少しも小さくなっていなかった。
先輩は、現在、デザイナーとして第一線で活躍なさっている。
ときどき、コンビニやスーパーでも先輩のデザインを目にすることがある。
先輩のデザインを見かけるたびに、先輩に会えたようなうれしさが込み上げる。
そして、先輩の絵に触れるたび、先輩の絵に憧れつづけた日々を思い出す。
私の高校は、元女子校だったこともあって、ほとんど女子しかいなかったから、高校時代は恋愛をすることもなく、私に青春時代なんてなかったんじゃないかと思うこともあった。
でも、先輩の描く青色に魅せられていたあの日々は、私の青春だったのだと今になって思う。