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好きだった人の話をしよう。

好きだった人の話をしよう。

彼は私の7つ歳上だった。

私が高校生の時、彼は大学生だった。

彼は少し変わっていた。

いや、純粋だった。

浪人して、留年もした。

それでやっと次、卒業次年度だ、というところで

別の学科に編入し直した。

やっぱりこっちの勉強がしたいからって。

学年的には私の1つ上になった。

そんな彼に私は憧れていた。

尊敬していたんだ。


好きだった人の話をしよう。

彼はタバコを吸っていた。

家ではお香も炊いていたそうだ。

彼からはいつも独特の香りがした。

一度彼に言ったことがある。

タバコの匂いが嫌いです、と。

彼は気を遣ってくれて

次会う時から、ミントのガムを噛んできてくれるようになった。

彼と話すと、タバコとお香とミントの香りがした。

本音を言えば、混ざって変な匂いになっていた。

でも、そうして来てくれる彼が好きだった。


好きだった人の話をしよう。

彼は勉強が好きだった。

専攻は英語で、言語そのものも、文学や文化も幅広く研究していた。

彼の話し方は英語に近くて

単語の並べ方が印象的だった。

目的語を後ろに持ってくるような言葉遣いや

日本語の発音も流れるような英語よりだった。

彼の楽しそうに話す研究内容に惹かれて

進路に悩んでいた私は、英文学を選んだ。

間違ったなんて思ったことはなかった。

彼に出会えてよかったと思っている。


好きだった人の話をしよう。

彼は音楽が好きだった。

友人とバンドを組んでベースをやるくらいには好きだった。

彼はよく歌を口遊んでいた。

一度「ガタンゴトン」と歌っていた時があった。

SHISHAMOですか?と聞くと

これだけでわかった人は初めてだ、と驚かれた。

その日から、その曲は私のお気に入りになった。


好きだった人の話をしよう。

彼は年に一度、大きく体調を崩すことがあった。

ある年は、風邪をこじらせて肺炎に

ある年は、自転車で事故に遭い腰を負傷し

またある年は、季節外れのインフルエンザに罹っていた。

その度に、週に一度しか会えない時間が飛び

よく、早く会いたい、なんて考えたりもしていた。


好きだった人の話をしよう。

彼はとても目を合わせてくれた。

あまりに合わせてくれたもんだから、私も人と話す時は必ず目を見るようになった。


彼の友人の話を聞いたことがある。

ちょっと性癖がやばめの人だった。


彼と会うと一声目は必ず、「どう最近?」だった

週一で会うんだから、最近も何もないよ、と笑っていた。


彼の腕には大きな傷があった。

私はその傷がなんなのかを知らなかった。


彼とは3年ほど一緒いただけだった。

彼と会える時間以外の彼のことは、何も知らなかった。


彼と会わなくなってから、連絡を取るのが億劫になった。

純粋な彼に、モノを知った自分がどう見られるか分からなくて怖かったからだ。

私の前にいた彼とは違う彼を見ることが怖かったからだ。


私は彼が今、何をしているか知らない。

彼はSNSという物を全く使わないから。

時々更新される投稿で、生存確認を行なっているぐらいだ。

そんなものにしか、関係がなくなったことに少し寂しさを覚える。


でも、まだ私は彼に連絡をする勇気がないのだ。

4年が経とうとしているのに。

いや、4年が経とうとしているからこそ。


もし、私と彼がまた「どう最近?」と聞き合える関係になったなら


その時は


今度はちゃんと自分の話をしよう。


好きだった人の話をしよう。

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