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小説

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夢のような時間のこと。
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シーナの夢 1

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 これは少しだけ未来の話。
 幸崎角造は古くなった椅子に腰かけて本を読んでいた。
 ──つまらんな。私ならもっと素晴らしいものを書ける。
 読みかけの本を閉じ、物思いにふける。彼は読書家であったが作家ではない。かつては資産家であった彼も近年の不況のせいですっかり落ちぶれていた。ただ働かなくても生活できるだけの金はあった。要は年金暮らし。年金があっても生活できない連中はごまんといたがそれに比

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集金

 僕が出社すると上司から集金に行ってくれと頼まれた。どこの家か聞いた。
 ──おう、ここ。この貧乏人の家。夜勤で依頼があって遺体を家に運んだあと打ち合わせしたけど喪主は火葬を2万で出来ると思ってたらしい。なもんで打ち合わせに行った奴が他の業者を勧めて流した。けどシーツとか病院からの搬送費とか請求しない訳にはいかないからな。
 僕は渡された地図を見た。どうやらアパートに住んでいるみたいだ。僕は考えた

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本屋

 精神的に不安定な状態がいつまでも続いていて、僕は近所にある本屋の前に車を停めた。何故精神的に不安定なのかは僕自身にもよくわからない。だいたい原因がわかるくらいならそれを解決するための努力をすればいいだけだから、そもそも問題にすらならない。特に何かしら切羽詰まった問題に直面しているわけでもない。そもそも複合的な事によって憂鬱なのかもしれないし、そもそも何もないことが原因なのかもしれない。だとすれば

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都合のいい女

 ──私はあなたにとって都合のいい女だから一番なんでしょ。
 突然放たれた彼女の言葉は今になって思えばもしかしたら確信を突いていたのかもしれない。
 ──そんなことはないよ。僕は、僕は、そういう風に思ったことは一度もないよ。
 しどろもどろになった僕はスマホをいじる彼女の姿をどこか遠い国からやってきた人のように眺めていた。いままで喧嘩もしたことなく、おだかやかな日々を過ごしてきたというのに。なぜこ

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古本屋めぐり

 電車に40分ほど揺られて金沢に向かった。古本屋でも思い当たった次第。朽木は小雨の中歩き始めた。平日にもかかわらずそれなりに人がいた。人々はどこかに向かって歩いている。それぞれに目的地がある。同じ方向に人が向かう事もあれば、そうでない場合も多い。殊に現代はそうじゃないだろうかと朽木は思う。通りを見ながら朽木はそのようなことを考えていた。《俺が歩く道、いや俺の向かう先、同じルートで行く人はいるのか?

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弱さ

弱さ

 ある日のこと、喫茶店で朽木は友人の小川と話した。数カ月に一回会っては他愛のない話をする仲であった。朽木は少しばかり本を読んでいて、やや偏屈で議論好きだった。また彼は世間を軽薄なものとみなす、厭世家でもあった。そういう意識がありながら会社などでは大きいものに巻かれる意志薄弱な男であった。対する小川はあまり多くは語らない。なので朽木は彼女がどのような事を考えているのかをいまいち判じかねていた。それで

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車窓

車窓

 時雨川は電車の中から田園風景をぼんやり眺めていた。電車は同じような田んぼと山並みをシュルシュルと通り過ぎていく。なので彼は本当に移動しているのかわからなかった。目の前の景色と時間の感覚が麻痺していた。ただ己はどこかに向かっている。そのたどり着く場所もわかっている。だが…。
 ――ねえ、聞いてる?
 —―ああ、何の話だっけ?
 —―また考え事?
 —―いや、ぼんやりしてた。
 —―まあ、いいわ。そ

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