見出し画像

侠客鬼瓦興業 第40話「心のやさしいテキ屋のお兄さん」

追島さんに、こんな可愛い娘さんがいたなんて・・・

僕は追島さんと父を思い慕う少女の抱擁を眺めながら、感動の涙を流し続けていた。

と、同時に大きな勘違いにも気がついた。

(追島さんの涙の秘密は、春菜先生ではなくユキちゃんという娘さんが原因だったのだ)

「追島さんって、やっぱり人間だったんですね・・・」
僕は小声でそんなことをつぶやきながら、とめどなく涙を流し続けていた。

「ユキちゃん・・・」
振り返ると、春菜先生もユキちゃんと追島さんの抱擁に涙を流していたが、僕と目があい恥ずかしそうに横を向いて涙をぬぐった。
僕も春菜先生から慌てて顔をそらすと、その横に立っていた一人の女性の顔に目を移し思わずはっとしてした。
そこには怒りから顔面蒼白となった顔で、追島さんたちを見ている、ユキちゃんのお母さんが立っていたのだ。

「よくもまあ、私達の前に姿を見せられたものね・・・」

お母さんは声を震わせながらつぶやいた。

ユキちゃんを抱きしめていた追島さんは、我に返ると静かにユキちゃんのお母さんのことを見た。

「ユキ、その人から離れなさい!」

お母さんは静かにユキちゃんにつぶやいた。

「いやー、パパといっしょにいたいんだもん」

「その人は貴方のパパじゃありません、パパと呼ばれる資格のある人じゃありません。さあ、離れなさい!」

「いやだーー!!」

ユキちゃんは泣きながら追島さんの胸にしがみついた。
お母さんは、ふーっとため息をつくと、今度は覚めた顔で追島さんに話しかけた。

「あなたから、ユキに話して下さらない。私の方に来るように・・・」

「・・・・・・」
追島さんは、悲しい顔でじっとユキちゃんを見つめながら、唇をかみ締めて黙っていた。

「あなたが、私にした裏切り、忘れたわけじゃないでしょう。さあ、あなたの口から話してください、こっちに来るように」

追島さんは身体を震わせながら、悲しそうな顔でお母さんを見ていた。

「ユ、ユキ・・・」

追島さんは震える手で、ユキちゃんの肩をつかんで話をはじめた。

「ユキ、お母さんのところへ・・・、戻りなさい」

「パパ、何で?パパ・・・」
ユキちゃんは泣きながら追島さんにしがみついた。

「もう、俺はユキのパパじゃないんだよ・・・、さあ、お母さんのところへ行きなさい」

「パパだもん、パパだもん!!」
ユキちゃんは一生懸命追島さんに泣いてすがった。

僕はそんな二人を見ていて、高まる感情を抑えることができず大声で追島さんに叫んでしまった。

「な、なんで!何でですか追島さん!ユキちゃんはこんなに追島さんのことをしたっているのに!!」

追島さんはそんな僕を黙って見ると、その目で黙れと合図をしてきた。

「追島さん!!」

「うるせー!てめえの出る幕じゃねーんだ、引っ込んでろ!!」

「で、でも・・・」

「そうよ、あなたは関係ないでしょ、お兄さん」
ユキちゃんのお母さんも、覚めた顔で僕にそう言い放った。

「ユキ、お母さんの元へ行きなさい」

追島さんはそういうと、震える手でユキちゃんを無理やり自分の体から引き離し、お母さんのもとへ引き渡した。

「パパのバカー!パパのバカー!!」

ユキちゃんは顔中グシャグシャに泣き崩れながら、お母さんの元に引き寄せられてしまった。僕は胸をえぐられる思いで、その光景を黙って見ているしかなかった。

「先生、あなたの軽はずみな行動のおかげで、こんなことになってしまったのよ・・・、責任は取ってもらいますからね」

ユキちゃんのお母さんは春菜先生にそう言うと、今度は鬼のような目で追島さんを見た。

「あなたも、こそこそユキと電話なんてしないで下さい。迷惑です」

「・・・・・・」

追島さんは黙ってお母さんとユキちゃんを見ていた。

「さあ、ユキ行きましょう」

お母さんはそう言うと、泣き崩れるユキちゃんの手を引いてその場から立ち去ろうと振り返り、はっと表情を変えた。

「・・・あなたは?」

そこには、悲しそうな顔で立っている銀二さんの姿があった。

「お慶さん、変わりましたね・・・」

「銀二ちゃん?・・・」

お母さんはユキちゃんの手を握ったまま、銀二さんにつぶやいた。

「へえ、あんたもまだ、こんなヤクザな稼業、やめてなかったのかい・・・」

「自分みてえな、頭の悪いぼんくらには、こんな仕事しかねーもんすからね、お慶さん・・・」
銀二さんは、ユキちゃんのお母さんのことを再び、親しくお慶さんと呼びながら笑うと
「まだ、兄貴のこと許せねーんですか?」
悲しそうにユキちゃんのお母さん、お慶さんを見た。

「・・・・・・」
お慶さんは無言で横を向いた。

「責任は俺にあるんすよ、あの時、追島の兄いを巻き込んじまったのは俺なんですよ・・・。お慶さんが、兄貴を許してくれんなら、俺はどんなオトシマエでもうけさせてもらいますから、あの・・・」

「銀二ー!!」 
銀二さんの言葉を追島さんが大声でさえぎった。

「てめえが責任感じる問題じゃねーんだ、余計な口挟んでねーで仕事しろし仕事!」

「で、でも兄貴」

「ほら、お客さんが待ってんだろが」

追島さんはそう言いながら銀二さんのたこ焼きの三寸の前に並んでいる人を見た。

「あっ!?」
銀二さんはしぶしぶ、売り場にもどっていった。

「さあ、行くわよユキ」

お慶さんはそう言うと、無言でユキちゃんの手を引きながら、境内から去っていった。

追島さんは、泣きながらお慶さんに連れられて行くユキちゃんの姿を、じっと無言で眺めていた。

「私が・・・、私が余計なことを、ごめんなさい、ユキちゃんのお父さん」

春菜先生が追島さんに近寄り深々と頭を下げた、追島さんは、慌てて手をふると
「いや、先生・・・、先生の気持ち、感謝してます」

「追島さん」

「それに、先生のおかげで、こうして何年ぶりかに、可愛い娘を抱きしめることが出来たんすから」

追島さんはそういいながら涙を隠すように、春菜先生に背中を向けた。

「先生、俺達のために迷惑をかけちまって・・・、すいません・・・」

「迷惑だなんて、私は・・・」

「あいつのこと、恨まないでやってください」
追島さんは背中越しに春菜先生につぶやいた。

「慶子のやつをあんなふうに変えちまったのは、自分なんです。あいつが先生に言った失礼な言葉、勘弁してやってください」

「勘弁だなんて、そんな・・・、それに恨むだなんて、私こそ・・・」

「それじゃ仕事があるんで」
追島さんは寂しげにそう告げると、春菜先生の元から僕のほうに近づいてきた。

「お、追島さん・・・」

僕は涙と鼻水でグシャグシャに崩れた顔で、追島さんを見た。

「ふっ、なんて面してやがんだ、吉宗」

追島さんは静かに通りすぎながら、僕の肩をポンとたたいて、寂しげに奥の持ち場に去っていった。

「お、追島しゃん・・・」
僕は、しばらくその場で、ぽろぽろと涙を流しながら、立ち尽くしていたが、追島さんが最後に言った言葉にはっとした。
(よしむね?)
「あっ・・・追島さんが僕のことを吉宗って!?」

「あの・・・」
そんな僕に、春菜先生がやさしく声をかけてきた。

「あっ、先生!」
僕は慌てて、頭に蒔いたタオルをほどくと、涙と鼻水をぬぐって、春菜先生の方に振り返った。

「すごい涙、ふふふ」
春菜先生は、僕がパンツを見てしまったことなど、まるで無かったような顔で微笑んでくれた。

「それじゃ、私達行きますので、ありがとうございました。」

「あ、いえ・・・」

「さあ、みんな、お兄さんにお礼を言ってね、園に戻ろうね」

春菜先生がやさしく話しかけると、子供達は無邪気に僕にお礼を言ってくれた。

「ありがとうございましたー」

「いや、こちらこそ、ありがとう」
僕は照れくさそうにに笑った。

春菜先生と、子供達は小さな金魚の入った袋をぶら下げて外に向かって歩きだそうとした、その時

「はるな先生ー!!」
僕は無意識に春菜先生の名前を叫んでしまった。

「はい?」
春菜先生は不思議そうに振り返った。

「あ、あの・・・、あの・・・」

「?」

「あの、さっきは先生のパンツを見てしまって、す、すいませんでしたーー!!」

「・・・!?」

突然の言葉に春菜先生は、顔を真っ赤にし恥ずかしそうに僕を見た。

「す、すいませんでした!」

僕は深々と頭をさげながら、もう一度真剣に春菜先生に謝った。

少し沈黙が続いたあと、春菜先生は優しく微笑んで僕に声をかけてくれた。

「偶然ですよね・・・」

「え、あ、あの・・・」

「わ、私の方こそ、こんな姿で、金魚に夢中になってしまったから、あなたに変なもの見せてしまって」
春菜先生は恥ずかしそうに自分のキュロットスカートを押さえながらニッコリ微笑んでくれたあと
「それに私こそ・・・、さっきは最低なんてひどい事いってしまって、ごめんなさい」
逆に僕に頭を下げてくれた。

「いや、そんな・・・、はるな先生が謝ることじゃ、僕が、僕がスケベだったから、本当にスケベ男だったから・・・」

僕の言葉に春菜先生は思わずぷーっと吹き出して笑いだした。

「スケベ男って・・・、あなたって面白い方ですね、姿はテキヤさんなのに、全然それっぽくなくて」

「え?あ、このかっこうは・・・」

「それに、さっきのユキちゃんのお母さんへの涙の訴え、私、感動しました」

「は、いや、あれはつい」

「それじゃ、また、心のやさしいテキヤのお兄さん!」

春菜先生は笑顔でそう言うと、待っていた子供達といっしょに境内を後にした。僕はそんな春菜先生と子供達の後姿を無言でじっと眺めていた。

「心のやさしい、テキヤのお兄さん・・・って」

僕は春菜先生が最後に言ってくれたその言葉をつぶやきながら、みんなが消えた境内の外をポーッとながめていたのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
続きはこちらです↓

※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

前のお話はこちら↓

第一話から読んで下さる優しい方はこちら↓

侠客鬼瓦興業その他のお話「マガジン」

あとりえのぶWEBサイト

あとりえのぶLINEスタンプ
楽しく作って公開しています。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?