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侠客鬼瓦興業 第44話「すべりに行こう」

追島さん親子の悲しい一件からどれくらい時間がたったか、僕は明日に備えて金魚すくいの水槽にシートをかぶせた後、鉄と二人静まり返った境内のゴミ拾いに歩いていた。

「・・・あ、兄貴ー、今日は、一日、長かったっすねー、げへへ」

大きなゴミ袋をぶら下げながら、鉄が得意の不気味な顔で微笑んでいた。

僕は、テキヤの仕事の一つである、境内のあちらこちらに散らばった、割り箸や紙コップなどゴミくずを拾いながら、追島さん親子のことを考えていた。

(銀二さんが言っていた、訳って、いったい何なんだろう・・・)

僕はお慶さんという女性の怒った顔、ユキちゃんの泣き顔、そして追島さんが最後に見せた悲しい顔が、仕事中も今も頭から離れずにいた。

「兄貴・・・、ねえ、兄貴ってば・・・」

 「え?あ、なんだい鉄?」

「掃除が終わったら、銀二さん繰り出すって言ってましたよ。当然兄貴も行くんでしょう?」

「えっ・・・、行くって?」

「やだなー、来る時に話したじゃねーすか、すべりに行くって・・・げへへへ」
鉄は、ぼろぼろに欠けた歯でにやけていた。

「あ、そのことか・・・、うん、みんなが行くんなら僕は構わないけれど、でも久しぶりだからなー滑れるかなー」
僕は子供のころ以来やっていない、スケートに少し不安を感じながら鉄に微笑んだ。

「久しぶりで滑れるかなーなんて・・・、げへへ、兄貴は面白いこと言うっすねー、げへへへ」
「え?面白いこと??」
僕はきょとんとした顔で鉄を見た。

「おーい、お前らーーー、」

そんな僕達のもとに、別の場所でゴミ拾いをしていた銀二さんが近づいて来た。鉄は銀二さんを見たとたん鼻息を荒げなが、なぜか興奮しはじめた。

「銀二兄いー、いよいよっすねー、げへへへー」

「ん?いよいよって何だ?」

「な、何って、す・・・、すべりに行くって、あ・・・朝、や、や、約束したじゃねーすか」

「ははは、そのことか、わかってるよ」

「いやだなーもう、俺はずーっと朝から楽しみにしてたんすよ、そ、そ、それに、この日のために、こうしてがんばって貯金だって・・・」

鉄はポケットからよれよれの1万円札を一枚取り出して見せた。

「い、一万?」

銀二さんは呆れた顔で鉄を見た。

「おいおい鉄、また1万円ポッキリかよ、勘弁だぜまったく・・・」

「そ、そんなこと言ったって、俺には1万でも、大変な金なんすよ」
鉄は持っている一万円を大事そうに握り締めながら銀二さんに訴えていた。

(1万円ぽっきり?え?スケートに一万円?)

僕は二人の会話が理解できず銀二さんにそっと尋ねた。

「あ、あの銀二さん、なんでスケートに1万円もかかるんですか?」

「え?スケート??」
僕の質問に銀二さんが目を丸くしたその時だった、僕たちの背後から妙に明るい元気な声が響いてきた。

「おう、お前ら、ごくろーさん、ごくろーさーん!、ヒック」

振り返るとそこには、スーツ姿で楊枝を咥えながら、ほろ酔い顔の、鬼瓦興業の若頭、高倉さんが立っていた。

「あ、高倉の若頭じゃねーすか?ご苦労様です!!」

銀二さんは、高倉さんに頭を下げた。
続けて僕も両手をひざの上に置くと、いつの間にか覚えさせられてしまった業界流の挨拶で高倉さんに頭をさげた。

「お、おはようございます!!」

「おー、おー、お前、新入りの、えーと、あーと、何だっけか」

「あの吉宗です」

「おー、おー、そうだった、そうだった。吉宗だった、ひっく!お前なかなかいい挨拶が出来るようになったじゃねーか、ははは」

「あ、ありがとうございます!」

僕が大きな声で返事をすると、高倉さんはうれしそうに笑い、お酒の匂いを撒き散らしながら、ご機嫌な顔で僕を眺めていた。

「高倉の若頭、いったいどうしたすか、こんな時分に?」

「近くで寄り合いがあってな、ヒック!それからちょっとばかし良いことがあってよ・・・」

「良いことっすか?」

銀二さんの質問に、高倉さんはにやにやした顔で、口の楊枝を動かしながら胸ポケットに手を入れた。

「寄り合いが終わって、せっかくだから競馬場のチンクルレース見に行ってな、そしたら少しばっかし儲かっちまってよ・・・ハハハ」

高倉さんはそう言いながら、うれしそうに胸ポケットから分厚い100万円の札束を取り出した。

「うわー何すか!?百万って、全然少しじゃ無いじゃないっすか?」

「す、すごい!」

銀二さんと僕たちは、なかなか目にすることのない札束に、目をまん丸にしながら驚いた。

高倉さんは僕たちの驚き顔を見ながら、いたずらな笑顔でにやけると、今度は反対の胸に手をいれた。

「いや、いや、百万じゃねーんだ、もーっちょっとだけ儲かっちまってよー、全然大した事ねーんだがな」

そう言いながら、もう片方のポケットからも百万円の束を一つ取り出した。

「に、2百万円!?」

僕たちは大きな口をガバット広げながら、高倉さんの手にある札束を見つめた。

高倉さんはさらにニヤリとしながら僕たちを見ると、今度はズボンのポケットに手を入れた。

「いやいや、もうちょっとだけ儲かっちまってな・・・、いやーまったく、まいっちまうぜ、これっぽちしか儲からななかったぜ、はははは」

そう言って笑いながら、ポケットからもう一つの札束を取り出すと、片手にもっていた2百万の札束と重ね合わせて、僕たちの顔のまえにつきだした。

「さ、さんびゃくまんえん~!!」
僕たちは驚きの余り、その場で固まってしまった。

「いやー参った参った、これっぽっちしか儲からなかったぜ、まーったく、まいった」

高倉さんはそう言いながらも、全く参ってないといったニンマリ顔で笑うと、手にしていた札束を元のそれぞれのポケットにしまい、僕たちの前から立ち去ろうと歩き出した。

「あー、ちょっと、ひでー!、参ったとか言って、それじゃ自慢しに来ただけじゃねーすかー!待って下さいよー若頭ー!!」
銀二さんはあわてて高倉さんを呼びとめた。

「何だ?三百万ぽっちしか儲からなかった俺に、何か用か?」

高倉さんはそう言いながら、うれしそうな真っ赤なほっぺで、僕たちに方に振リ向いた。

銀二さんは、揉み手で、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、高倉さんのもとへすり寄ると、いやらしい笑顔でささやいた。

「若頭、そんなに儲かっちまったんじゃ、やっぱり地域貢献しなきゃまずいっすよ、地域貢献しなきゃ」

「地域貢献?」

「川崎の競馬場で儲けたなら、川崎の堀之内あたりの活性化に協力しないと・・・、自分らみんな、若頭の地域貢献活動なら、地の果てまでも、お伴いたしますよー」

高倉さんは銀二さんの言葉を嬉しそうに聞くと、にんまりした笑顔で星空を見上げた。

「地域貢献か・・・、それも悪くねえな」

「でしょう!」

「よーし、お前らー、どうせいつもくすぶったところで滑ってるんだろうから、今日は俺が地域貢献を兼ねて、極上のところで滑らせてやるぞー!!」

高倉さんはそう言うと、うれしそうに境内の外に向かって歩き出した。

「さすがは若頭、いよっ太っ腹!地域の星!」
銀二さんはそう言うと、高倉さんの後ろを追いかけて行った。

「兄貴ー、今日はめちゃめちゃついてますよー!!」
鉄は僕にそう言うと、あわてて高倉さんと銀二さんの元へ走って行った。

「え・・・?みんないったい何処に?」
僕がその場でキョトンとしていると、境内の入り口から銀二さんの大きな声が響いてきた。

「おーい!吉宗ー!!早く来ないと、地域貢献に連れて行ってもらえねーぞー!!」

「地域貢献・・・?」

「兄貴ー、早くー!!」

「あ、はい、今行きますーー!!」

僕はそう言いながら、みんなの方にむかって走って行った。

彼らの話す地域貢献、それが僕とめぐみちゃんの間に最大の危機を招くことになる地域貢献だったなんて、まったく知る由もなく・・・。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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