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侠客鬼瓦興業 1話「侠客吉宗くん誕正」


侠客鬼瓦興業「あらすじ」

超がつくほど真面目で真っ直ぐで、いまどきめずらしい天然記念物のような青年の一条吉宗くん、彼が求人広告で就職した先は関東でも有名なテキ屋一家の鬼瓦興業だった。その業界の怖いけど楽しい人たちと謎の美少女めぐみちゃん、そして彼女の恐怖の父親、数々の苦難をその天然キャラで乗り越え成長していく吉宗くんと、おもろい面々の笑いあり、恋愛あり、感動あり、それにちょっとエッチもありの物語。

侠客鬼瓦興業第一話「侠客吉宗くん誕生!」

侠客、強気をくじき弱気を助ける義侠の人。
時は平成、世にスマホなるものが誕生する前、一人のごく普通の超がつくほど真面目な若者が侠客の道へ足を踏み入れようとしていた。

第一話 侠客吉宗くん誕生


桜の花びらが舞踊る四月、大きなボストンバックをかついだ僕は、期待と不安を胸に、これから始まる新しい人生に向かって歩を進めていた。
僕がこれから暮らす多摩の地は、かつて武州と呼ばれ、古くは新撰組の近藤勇、土方歳三などの出身地ということで有名らしく、駅を降りてからの商店街には、いたるところに彼らの写真やポスターが張り巡らされていた。
僕は胸ポケットから一通の、いかついマークが刻印された封筒を取り出し、中の手紙に目を向けた。

《採用通知、一条吉宗殿、貴殿を我が社へ採用することに決まったので、ここにご報告申し上げる。入社日はおってさたする也、また地図はここだ、間違えぬよう注意・・・。株式会社鬼瓦興業 代表鬼瓦辰三》

「なんとなく、変な採用通知なんだよなー、思い出すと面接の時も、奇妙だったし…」
僕はすこし曇った顔で、1ヶ月前に駅前の小さなビルで行われた面接を思い出した。
殺風景なビルの一室、僕は求人広告を片手に、面接会場と書かれた古びたドアをノックした。
コンコン
「あーい!どうぞー」
中から、どすのきいた声が返ってきた。
アルバイト経験はあっても正式な就職経験のない僕は一瞬たじろいだが勇気を振り絞ってドアを開け中に入っていった。
「あのー面接を受けに来たものですが」
「よし!採用~!!」
ドアの向こうには、「おめでとう採用!」そう走り書きされた風俗店の広告で使う、チャラチャラの飾り付けをしたプラカードをもった、それは恐ろしい顔のおじさんが笑顔で立っていたのだった。

「え?あの採用ってまだ何も」
「採用だよ採用!おめでとう若人よ~!」
おじさんはグローブのような大きな手で僕の手を握り、おもいっきり振り回すように握手をしてきた…。
そのスタイルは、見事に手入れされた角刈りに金縁の色つきめがね、右の眉には大きな傷あと、どう見ても一般の人とは思えないようすだった。
「いやー、おめでとう、おめでとう!」
大声でそう言いながら、こわもてのおじさんは、僕の手から履歴書をふんだくると、さっさと奥の部屋に向かって歩いて行こうとした。

「あっ、あの、ちょっとすいません」
訳の分からない僕はあわててそのおじさんを呼び止めた。するとおじさんは面倒くさそうにこちらを振り返り
「おって沙汰する若人よ」
にんまり笑顔でそういい残しとっとと奥の部屋へと消えていってしまったのだった。
「なっ、なんだこの会社は?」
僕があぜんとして、たたずんでいると、今度は中からめちゃめちゃ可愛い僕好みの女の子があらわれ、うれしそうな笑顔で僕に近寄って来た。

「おめでとうございますー、社長から伺いましたよー、これから一緒に仕事してくれるんですねー」
女性は澄み切った美しい瞳を向けながら、僕の手を両手でやさしく握り締めてきた。
「えっ?あ・・・」
「えって?一緒に仕事してくれるんですよね?」
僕はその女性のあまりの可愛さに顔を真っ赤に染めながら
「あっ!は、はい、そうです」
「うれしい、頑張ってくださいね!」
「はっ、はい!がんばります!」
何度もそういいながら、彼女の美しい手を握り締めていたのだった。

「可愛かったなー、あの子・・・」
僕はそうつぶやくと、目頭をだらしなーくたるませながら、彼女と握手した右手を眺めていた。
「奇妙な面接だったけど、あんなに可愛くて、純粋そうな子が勤める会社なんだから」
頬を赤く染めながら自分にそう言い聞かせると、地図に書かれた多摩川のほとりにある、これから僕の人生を掛ける会社に向かって歩き始めた。

その後、とてつもない恐ろしいことが、待ち構えているなんて、露とも知らずに。

「やったなー、一条君、君の企画でよい子とそのお母さんたちが大喜びだぞー、おまけに儲けもがっぽがっぽ、君はまさに我が社のホープだー!」
面接の日に出会った金縁めがねで強面の社長は、ニコニコ顔で僕の手を握ると、涙を流しながら喜んでいた。
「社長、当然の仕事をしたまでですよ」
リクルートスーツに身を包んだ僕は胸をはってそう答えると、回りの社員達から尊敬のまなざしを受けながら面接の日に出会った彼女の元へと近づいていった。

「おめでとう、一条君、社長をあんなに喜ばせるなんてすごいじゃない」
「いやいや、ほんの実力ですよ」
僕は前髪をかき上げながら、彼女に向かって輝く白い歯をキラッとのぞかせた。

彼女はそんな僕の熱視線に頬を染めると、少しうつむきながら小声で
「あ、あの、一条君、もし良かったら私と今日食事でも・・・」
「えっ?」
「あっ、いいです、いいです。今のは独り言ですから」
緊張している彼女の肩に僕はそっと手をそえた。
「僕の方こそ、君と二人で食事が出来たらって出会った面接の時から思っていたんだ。うれしいよ」
僕は目じりをデローンと下げて、ニヤニヤしながら彼女を見つめていた。

「兄さん、おい兄さん、」

「え!?」

気が付くと、僕の前にいたキラキラ輝く彼女の顔が見る見るうちにお婆さん姿へと変わっていった。

「うわー!」
僕はビックリしてのけぞりかえった。
「うわーって何だよ、ビックリするね~あんた、大丈夫かねさっきかから一人ニヤニヤして」
「えっ?」
「それにそんな所にじーっとしていられたら商売のじゃまなんだよ」
「あ!?」
気が付くと僕は、会社に向かう途中の小さなタバコ屋の前で輝かしいオフィス生活を想像しながら、いやらし~い顔でたたずんでいたのだった。

「変な人だよー、さっきから人の顔見てニヤニヤして、おまけにうんこまでふんで・・・」
「うんこ!?」
あわてて足元を見ると、僕のおろしたてリクルートシューズの下には、無責任に放置された巨大なやわらかい茶色い物体が横たわっていた。
「うわぁーーーー!!」
「ちょっと、ちょっと、店の前なんだから、あんまりバタバタしてうんこ散らさないでおくれー!」
「あっ、ご、ごめんなさーい!」
僕はあわてて靴を脱ぎ、近くの公園の水道めがけて、ぴょんぴょんとけんけんで走っていった。

「なんだよー、今日おろしたばかりの皮靴なのに・・・」
公園で半べそをかきながら靴を洗っていた、その時だった。

「なんだ、兄ちゃん、うんこ踏んじまったんかー?」
「うわぁ、きったねー、それもべっちょりじゃねーか」
「え?」
振り返るとチンピラ風ファッションで茶髪のパンチパーマと、ド派手な金髪の若い二人組の男が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

「あ、あの・・・、すっ、すいません」
僕は恐怖で、なぜか二人組に謝っていた。
「おーい、銀二、鉄、何やってんだー」
今度は別の場所から野球のグローブを手にした、上半身裸の中年の男が近づいてきた。
(どぇーーー!!)
中年男の右肩には何と竜の刺青が・・・、僕は恐怖のあまりその場で腰をぬかしてしまった。

「岩さん、こいつそこで、うんこ踏んじゃったんだってー」
茶髪の男が、げらげら笑いながら僕を指差した。
(輝かしい入社日だっていうのに、なんでこんなことに・・・)
腰の抜けた状態で身動きも出来ず、僕は脂汗を流しながらじっーと恐怖で固まっていた。
その時だった、岩さんと呼ばれる刺青のおじさんが、うんこのついた靴を無造作に僕の手から取り上げると
「ひでーなこりゃ・・・、こいつはかなりでかい犬だな」
靴を見ながら、若い金髪男を恐い顔で睨みすえた。
「おい鉄、てめえ、これは与太郎のじゃねーか?」
「…えっ…、いや、あの岩さん……」
「やっぱり与太郎のだな、この野郎!」
刺青の男は金髪男の頭をもっていたグローブでぶったたいた。

「えー!?」
僕は突然の出来事に言葉をうしなってしまった。
「こら、鉄、このやろう、まーた与太の糞かたさないで帰ってきやがったな」
そう言いながら刺青男は、何発も鉄と呼ばれる若い金髪頭のチンピラをグローブで殴りつけた。
「す・・・すいません、すいません、い、い、岩さん、つい慌ててたもんで」
「馬鹿野郎、こんなこと親父さんに分かったら、てめえこんなもんじゃすまねえんだぞ、この野郎!」
さんざん鉄と呼ばれる男をグローブでこずいた刺青男は、今度は僕のほうにその恐い顔を向けてきた。

「ひーっ、す、すいませーん!」
「なんで兄ちゃんがあやまってんだ?」
「えっ?」
「兄ちゃん、すまなかったなー、こいつがちゃんと与太郎の糞をかたずけなかったばかりに迷惑かけちまってよ」
そう言いながら、刺青男はもっていた手ぬぐいを水道で濡らすと、僕の靴をきれいに洗い始めた。
「えっ、えっ?」
僕は、何が何やら分からず
「こちらこそ、すいません、すいません」
刺青男に頭を下げまくっていた。

「ちょっと匂い残ったかも知れないが、勘弁してくれな、兄ちゃん」
刺青の岩さんと呼ばれる男は、そっと僕の足元に靴を置いて、優しい笑顔で微笑んできた。
「あっ、すいません」
僕は慌てて頭を下げると、こわばった顔で微笑んだ。

「兄ちゃん、この辺じゃ見かけない顔だな、これから何処行くんだい?」
茶髪のパンチパーマ男が僕に話しかけてきた。
「あっ、はっ、はい。実は、鬼瓦興業という会社に向かう途中で・・・」
汗を拭きながらそう言うと
「鬼瓦興業?」
三人の男達は不思議そうに顔を見合わせ、今度は奇妙な生き物を見るような視線で僕の方をじろじろ眺めてきた。

「兄ちゃん・・・、お前何かのセールスか?」
茶髪の男が恐い顔で僕を睨みつけた。
「いやっ、あっ、あのセールスでなくて、入社・・・、入社・・・」
「入社~!?」
三人はまた不思議そうに顔を見あわせると、今度は僕を無言で睨みすえてきた。
「うっ、あっ・・・」
僕はあまりの恐怖に後ずさりすると
「ひー!たっ、たすけてーー!」
気が付いた時には大声を出しながら、一目散に公園から逃げだしていた。「あ、おい兄ちゃん!?」
背後で、岩さんと名乗る男の声が聞こえたが、恐怖から僕は立ち止まることなく全力で走り去っていた。

あっちの道、こっちの道と、どこをどう走ったのか、あまりの恐怖に覚えていなかったが、気が付くと僕はまたさっきの公園の前に戻っていた。
そこで僕は公園の向かい側にある大きな看板に目をとめた。

『鬼瓦興業』

大きなむくの板に見事な字で掘り込まれた看板を目にした僕は、思わずその場にしゃがみこんでしまった。
「ここが、鬼瓦興業?」
それは僕の想像とはまったく違う雰囲気で、純和風の大きな門構えの中に、小さな日本庭園があり、その奥には大きな格子のついた和風の扉が見えていた。

「なんか、想像していたイメージとは違うけど・・・」
僕は背中に一瞬恐~い予感を感じたが、すぐに首をぶるぶる振ると、頭の中で面接の日に出会った美しい女性を思い浮かべた。
そして・・・
「ふーーーー!」
大きなため息を一つついた後、リクルートスーツのネクタイをきゅっと締めなおした。

「今日からここで、僕の新しい人生がはじまるんだ・・・。よーしっ!!」
一言気合をつけて、鬼瓦興業という看板を掲げた大きな門の中に飛び込んでいった。

これから、何が起こるか、知るよしもなく・・・。

今時にしてはめずらしい瓦で出来た和風の門をくぐり、古びた玄関の前で僕はふっと大切なことを思い出した。

「そういえば考えてみると、この会社の仕事内容、何にも聞いてなかったんだ、求人募集には子供達に夢と希望を与える仕事って書いてあったけど・・・」
僕はあまりにもとっぴな面接に、うっかり仕事内容を聞き忘れてしまっていたのだ。
「それにどう見てもオフィスとは思えないこの雰囲気って・・・」
僕の額から一本の脂汗がタラーと流れ落ちた。とその時・・・
ガラガラ~!
突然玄関のドアが開き中から買い物かごをもった中年女性が姿を現した。
「!?」
女性は一瞬驚いた顔をしたあと、急に恐い顔で僕を睨みつけてきた。
「誰あんた?うちはセールスはお断りだよ!」
「あ、あの、す、すいません、あ、あの・・・あの・・・」
僕は女性の迫力に押されて言葉をうしなってしまった。

「おまえ、さては泥棒だなー、このやろう!」
女性はそう言うと突然僕のネクタイをむんずとつかみ、もっていた買い物かごでべしべし僕の顔をはたきはじめた。
「テレビで見て知ってんだぞー、最近の泥棒はセールスマンのふりして堂々と玄関から入ってくるって、この野郎!!」
「うげー、ひえー、ちっ、違いますー!、僕は今日からこちらに就職、就職ですー!」
「就職?」
女性はしばらく考えていたが、急に何かを思い出して大声で笑い始めた。

「あらー、ごめんねーあんたこの間面接に来たって子だったの?いやだよーそんなかっこして来るから泥棒と間違えちゃったじゃない、ごめんなさいねー、はははは」
「そんなかっこって…?」
「ごめん、ごめん、ハハハハ」
女性はガラガラ声で笑うと、僕の肩をぽんと叩いて、今度は優しい笑顔で話しかけてきた。
「あんた、根性なさそうだねー、大丈夫かい?」
「えっ?あ、そんなことないです、僕は根性はいっぱいあります!」
精一杯胸をはって女性に答えた。
「はははは、そうかい、まあいいや、あんたこれからよろしくね。早く入りな!」
女性はぽんと僕のせ中を叩くと、玄関の開き戸をガラッとあけ奥の事務所まで案内してくれた。
「中に入ってまってなよ、今うちの人呼んでくっから」
「は、はい!」
「あんたー、来たよーこの間話してた面接の男の子~」
女性はそういいながら、廊下の奥へと歩いていった。

「うちの人って、社長の奥さんだったのか…、口は悪いけど気さくそうな人だな…」
僕は社長の奥さんと思われる人のおかげで、がちがちの緊張から少しだけ解放された。そして奥さんが事務所と言っていた場所の入り口のドアに手をかけた時、ふっと面接の彼女のことを思い出した。

「もしかして、この中にあの子が……」
僕は入口横の鏡に目をやると、自分の顔をジーと見つめ、鼻毛は伸びていないか、鼻の穴をもぞもぞしながらチェックし
「うん、大丈夫だ…」
そう呟くと、ドキドキ緊張しながら事務所の入り口をのノックし思い切ってドアを開けた。

「あれ?」
ところが事務所の中はもぬけのから、しーんと静まりかえっていた。しかたなく僕は事務所の真ん中のソファーに小さく腰をおろし、あたりをきょろきょろ見回し、小さな机に目をとめた。

「きっと、あそこにあの子が座ってるんだな…」
僕はOLスタイルで仕事をしている面接の彼女の姿を想像しながらにんまり微笑んだあと、机の脇にそっと目を移してギョッと震え上がった。
そこには河童のお化けような置物が、恐ろしい顔でこちらを睨みすえていたのだ。

「うわっ!!なんだ置物か、気持悪い置物だな、社長の趣味かな・・・。」
悪趣味の河童の置物の横には、社長の机と椅子がどっかと置かれており、椅子の後ろには立派なむく板に、『神農道』という言葉が見事な文字で彫りこまれていた。
「かみのうみち?」
僕が首をかしげながらつぶやいているところへ、後ろから聞き覚えのある大きな声が響いてきた。
「おーおーー!来たか来たか、若人よ~!」
僕はあわてて立ち上がり後ろを振り返ると、そこには着物姿の面接の時に出会った社長が立っていた。

「おっ、おはようございます!」
「あー!何だ若人ー元気がないぞー元気が、チンポついてんのかー!」
社長はそう言うと大きなグローブのような手で僕のちんちんをおもいっきり叩いてきた。
グシャー!!
「いたー!」
僕はあまりの痛さに思わず大声をだして、その場にしゃがみこんでしまった。
「何だおい、大きい声だせるじゃねえか、若人よー!あいさつもそのくらいでかい声でやらなーいかんぞ!」
社長は笑いながらソファーに腰掛け、僕の顔をじろじろ見つめだした。僕は痛さで顔をひきつらせながら
「おはようございますー」
必死に声を振り絞って、挨拶をやり直した。

「まだまだ、声が小さいな、まあ、ビシッと鍛えりゃそのうち何とかなるか…」
社長は右手の小指で鼻くそをほじりながら、ジーと僕の顔を見つめていた。
「うーん…」
「あ、あの僕の顔になにか…」
「顔はなかなかの男前なんだがな~、惜しいなーそのヘアースタイルが…」
「えっ!、ヘアースタイルですか?」
「うーん、いかんなー、それではどうもちゃらちゃらして、我が社にはふさわしくないなー!」
「それでも、あの…、こっ、これ、昨日リクルート用に美容院へ行ったばっかで…」
「びっ、美容院だとー!?」
社長は大声で怒鳴ると、急にムッとした顔で僕の前に顔をちがずけて来た。

「いかん!いかんぞ!若人~、男のくせに、なんで美容院なんぞ行くんだー、男なら散髪屋、昔からそう決まってんだー!」
「すっ、すいません!」
僕は社長に圧倒され必死になって謝り続けていた。

「まずは、ガリ屋からか…」
「ガリ屋?」
「まぁ、その前に若人よー、君の上司でも紹介しようか」
社長は後ろを振り返ると
「おーい、銀二ー!」
ドスの聞いた声で、そう叫んだ。

「はーい、何すか、親父さん」
「あーー!」
僕は思わず声を張り上げて、出てきた人を指差していた。
「ん?あーっ!、お前さっきのうんこじゃねえか!!」
社長に呼ばれて出てきた銀二という人は、僕が公園で出会った銀と呼ばれていたチンピラ風の男だったのだ。

「おまえ知ってんのか、この若人を」
「へい、さっき公園で…」
そう言いながら銀と呼ばれていた男はゲラゲラ笑い始めた。
「知ってるんなら丁度いいや、おい銀二、お前これからこの若人の面倒みたったれや」
「あっ、はい」
僕は突然の恐怖の再開に言葉を失い、ただただ震え上がっていた。銀二という男はそんな僕の前にすっと歩を進めると
「俺、山崎銀二、よろしくな!」
今までとは打って変わったような優しい笑顔で、僕の肩をぽんと叩いてきた。
「あっ、はい!よろしくお願いします」
僕は立ち上がりきおつけをすると、銀二という人に向かってふかぶかと頭を下げた。

そんな二人の様子を笑顔で見ていた社長は、胸から分厚い財布を出すと、中から一万円札を銀二さんに手渡した。
「銀二、さっそくこの若人を、アジアチャンピオンの所に連れて行ったれや」
「えっ、アジアチャンピオンの所っすか?はっ、はい」
銀二さんはそう言うと、社長から一万円を受け取り、うれしそうに僕の横に来た。
「お前ついてんなー、いきなりアジアチャンピオンの所に、行かせてもらえるなんてよー」
「アジアチャンピオン?」
首をかしげている僕に銀二さんは笑顔で外に出るよう首で合図をしながら、事務所の外に出て行った。

「あ、そうだ、親父さんこいつ名前なんすか?」
銀二さんは玄関で立ち止まると社長に訪ねた。社長はキョトンとした顔を僕に向けると
「名前?…あれっ、何だっけお前?」
「あっ、一条です、一条吉宗です!」
僕は改めて社長と銀二さんに挨拶をした。
「ふーん吉宗ね…、何か偉そうだけど、おもしれえ名前だな」
つぶやきながら笑っている銀二さんの後を追って、僕は玄関に向かった。
アジアチャンピオンに会うために……。

アジアチャンピオンの所へ連れて行ってやれ、社長のその一言から、僕は不思議な期待を胸に銀二さんの後ろをのこのこ歩いていた。
「吉宗ってのか…、見かけによらず、すんげー名前だなー」
銀二さんは、そうとう僕の名前が面白いのか、笑いながら話しかけてきた。
「は、はい昔からよく言われます。」
「でもついてんなーお前、いきなりアジアチャンピオンのとこへ行かせてもらえるなんてよ…、俺だってなかなか行けねえんだぜ」
「あのー、ぎ、銀二さん、アジアチャンピオンって、いったい何のチャンピオンなんでしょうか?」
「それは会ってのお楽しみだよ」
銀二さんは振り返ると、いたずらっぽい笑顔を僕に向けた。

それから歩くこと数分、銀二さんは、『ヘアーサロン留』そう書かれた古びた看板に、青赤白のぐるぐる回る電飾の店の前で足を止めた。僕が連れてこられた場所、それは床屋さんだったのだ。

「おー、いらっしゃい銀さん、あれ、先週来たばっかだよね」
中から現れたのは、まるで演歌歌手のようにビシッと頭を短くセットした、白衣のおじさんだった。
「今日は俺じゃねーんだ、こいつ、マスターのセンスでばっちり頼むよ」
「新顔だね、鬼瓦さんのところのニューフェイスかい?…」
「は、はい」
「うーん、ういういしいねー」
マスターは嬉しそうに僕を椅子に招くと、小気味よくはさみの音を立てながら散髪の準備を整えはじめた。

「あ、あの銀二さん、アジアチャンピオンってもしかして、この床屋さんですか?」
「そうだよ、マスター二年連続だっけか」
銀二さんは店の壁に飾られているトロフィーに近寄ると、そこから一つ僕の前に持ってきた。
「すげえだろ、吉宗、二年連続アジアチャンピオンなんだぜ、ここのマスターは」
「えー、すごいですねー、もしかしてそんなすごいカリスマ美容師さんに、カットしてもらえるんですか?」
「おうだよー、だから言ったべ、お前ついてるってよ」

(そうかー、社長はあんな怖い顔していたけど、僕にすごい期待をかけてくれているんだ、それで僕をカリスマ美容師のところへ)
僕が感激で胸をいっぱいにしていると、シャキシャキ華麗な手つきではさみを鳴らしながらアジアチャンピオンのマスターが近づいてきた。
そして銀二さんに向ってひと言…

「パンチパーマでいいね!」
「おう頼むよマスター」
「パッ、パンチパーマーーー!?」
驚きと同時に銀二さんが手にしていたトロフィーの文字が、僕の目に飛び込んできた。

『優勝パンチパーマ・アジア選手権大会』

マスターはハサミを天高く舞いあげると、すさまじスピードで有無を言わさず、僕の長髪をカットしはじめました。
シャキシャキシャキシャキシャキシャキ…
「あああああああああああああああああああ…」
あまりのショックに僕の意識はもうろうとしはじめていた。

「最近カリスマ美容師なんてかっこつけてんのがいるけどさー、あいつらパンチパーマなんて出来ないからねー、パンチも出来ないで何がカリスマだってんだよね…、銀さん」
シャキシャキシャキシャキ…
素早いハサミの音とマスターの嬉しそうな声が、もうろうとしている僕の耳にかすかに聞こえていた。

チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ
「うーん、いい感じだねー銀さん、この兄ちゃん、いいパンチャーになれそうだよー」
僕はコテの熱さと、髪の毛の焦げるにおいを感じながら、遠ざかる意識の中、マスターの訳のわからない会話を聞いていた。

それから何分たったか…
気がつくと、六ミリ四ミリみごとに焼かれたパンチパーマ姿の僕が、鏡に映し出されていたのだった。

「あいやー、まいったな銀さん、この彼氏、すごい富士びたいだよー!」
僕はもともと狭い額をしていた。
マスターは鏡に映った僕のその額をみて納得がいかないそんな顔を、銀二さんに向けた。
「あらー、本当だ…、これはかっこ悪いなーマスター、しょうがないからソリも入れたろうか、ソリも」
「ソッ、ソリーーー!?」
僕はその一言を耳にしてから先、完全に気を失ってしまった…。
そして目が覚めた時、目の前の鏡には、全く別人と化した僕が座っていたのだった。

「おおー、なかなかいいじゃねえか」
「………」
「さすがはアジアチャンピオンだなーマスター、見事なパンチャーに仕上がったじゃん」
銀二さんはマスターにお金を払いながら、うれしそうに僕のパンチパーマ姿をながめていた。

「な、なんで…?」
僕の思考回路は、このパンチパーマと同じようにくるくる回り始めていた。

(僕が就職した、この鬼瓦興業っていったいぜんたい…?)
崩壊した頭の僕は、気づくと銀二さんに連れられリクルートスーツにパンチパーマという、一昔前の演歌歌手のようないでたちでこれから生活する鬼瓦興業に向かってとぼとぼと歩いていた…。

その後、さらに恐ろしい事が待ち受けているような予感を感じながら……。

つづく

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