「実践編」の“推しポイント”紹介!|編集こぼれ話⑤
2024年9月、農文協から『牛乳から世界がかわる 酪農家になりたい君へ』(小林国之著)が発売されます。
この書籍に関わった編集チームによる「編集こぼれ話」や本書のイチオシなどを、全5回に分けてご紹介します。
このたびの新刊にて、主に「実践編」のライティングと編集を担当しました、市村敏伸です。普段は自分自身でもライターとしての活動をしつつ、著者の小林先生が所属されている北海道大学の博士後期課程で農業経済学の研究をしています。
やり方は十人十色、「酪農」という奥深い世界
「実践編」では、3軒の酪農家と農協をめぐり、日頃なかなか知ることのない酪農家の想いや、酪農家を支える農協の姿に迫っています。ここでは、その実践編の“推しポイント”を皆さんにお伝えできればと思います。
皆さんには「酪農家の知り合い」がいらっしゃるでしょうか。おそらく乳搾りの体験などをしたことがあっても、知り合いに酪農家がいるという方はかなり少ないのではないかと思います。
かく言う私も、大学院進学を機に北海道へ渡るまでは、酪農家と直接交流があったわけではありません。私は生まれも育ちも神奈川県横浜市です。もちろん近くに酪農家なんていませんでしたし、どのように牛が飼われていて、どうやって乳を搾っているかを考える機会すらありませんでした。
ですから、数年前に小林先生と知り合い、北海道の酪農の現場へ連れていってもらうようになってからは、「牛を飼って乳を搾るというのは、こんなにも奥の深い世界だったのか!」と驚きの連続でした。
北海道の酪農といえば、広い牧草地で牛が放牧されているイメージをお持ちの方が多いと思います。でも、私自身が実際に北海道へ来てから酪農地帯を車で走った時の率直な感想は「意外と牛を見かけないな」というもの。それもそのはず、北海道とはいえ、大多数の牧場では牛が牛舎のなかで飼われているのです。そのため酪農地帯に行くと、放牧されている牛よりも、巨大な牛舎の建物が目につきます。
「せっかくこんなに広い土地があるのに放牧しないなんて牛が可哀想だ」
酪農の現場へ足を運ぶようになった当初は私もこう考えていました。
しかし、酪農家に話を聞いてみると「とりあえず放牧していればいい」というような簡単な話でないことも分かってきました。なんとなく、われわれ消費者は放牧した牛から作られた牛乳や乳製品に好感を持ってしまうところがありますが、酪農家の経営、そして牛たちのことを考えると、放牧をしないという判断にもそれなりの理由があるのです。
では一体どのような理由がそこにあるのか。それはぜひ本書でお読みいただきたいのですが、酪農の現場を見るようになって私が実感するようになったのは「酪農のやり方は十人十色」ということでした。
酪農家の姿に迫る本書の実践編でも、このことは伝えたい。小林先生と本書の企画をするにあたり、それぞれ異なった個性をもつ酪農家を取材することになったことにはこうした背景がありました。
放牧酪農のパイオニア「石田牧場」
本書で取材した酪農家のうち、枝幸町の「石田牧場」は30年ほど前から放牧を実践している、まさに放牧酪農のパイオニアです。北海道のなかでも北に位置する枝幸町は夏でもそれほど気温が上がりません。石田牧場の取材は7月に行いましたが、お話を伺うためにお邪魔した石田さんのご自宅では、なんとストーブが焚かれていたほど。こうした厳しい環境のなかでも、石田牧場では可能な限り、牛を牧草地に出しています。
最先端の飼養環境を実現「ベイリッチランドファーム」
一方、北海道のほぼ中央に位置する美瑛町の「ベイリッチランドファーム」は牛舎のなかで牛を飼い、放牧はしていません。さらに牛舎にはロボット搾乳機が導入されており、最先端の牛を飼う環境を実現しています。このロボット搾乳機、実は私も今回の取材で初めて実物を見学したのですが、その仕組みには驚くばかり。なんとなく無機質な名前とは裏腹に、牛のことをよく考えている設備ということがよく分かりました。
牛の飼い方でもこれだけ違いがあることに加え、「搾られた乳をどう売るか」をめぐっても色々な考え方があります。石田牧場やベイリッチランドファームは、搾った乳のほとんどを大手乳業メーカーなどへ出荷されています。ですが、本書で取材させていただいた「ノースプレインファーム」は、搾った乳のほとんどを自分たちで加工されています。
生乳生産から加工まで「ノースプレインファーム」
酪農家は牛という生き物と対峙する仕事です。そのため、毎日牛の乳を搾り、牛舎の掃除などをするだけでも忙しいところ、自分たちで加工までするというのは本当に大変なことです。にもかかわらず、ノースプレインファームの大黒宏社長は、今から30年以上前に自分たちで加工に取り組むという英断を下しました。ちなみに、その決断を後押ししたのは、誰もが知るアニメ「アルプスの少女 ハイジ」だったとのこと。
大黒社長は小林先生と古いお付き合いということもあり、私自身はこれまでも大黒社長とたびたびお会いしてきましたが、今回の取材で改めて大黒社長の想いを文章にまとめたことで、改めて私は大黒社長のファンになりました。ぜひ皆さまにも大黒社長のエネルギーを感じ取っていただきたいと思います。
酪農家を徹底サポートするのが「農協」
日々、それぞれの思想にもとづき牛と向き合う酪農家ですが、どうしても自分たちだけでは解決できない問題に直面することもあります。たとえば、新型コロナウィルスのような感染症に罹患してしまい、牛の世話がどうしてもできないこともあります。そんな時、酪農家をサポートするのが「農協」です。都会で暮らしていると、「農協」という言葉は知っていても、実際に何をしているのかを知る機会はほとんどありません。ですが、農村において農協は、まさに無くてはならない存在です。ともすると批判の的になりがちな農協が一体どのようなことをやっているのか。ぜひ本書を通じてご理解を深めていただければと思います。
本書の「実践編」では、それぞれ異なる思想を持つ酪農家の想いや、陰ながら酪農家を支える農協の姿を余すところなく、凝縮してお伝えしています。近くに「酪農家の知り合い」がいなくとも、この本を通じてさまざまな酪農家と対話し、読み手自身の世界を広げられる1冊となっています。
本書が酪農の世界をめぐる旅のお供となれれば幸いです。
■執筆:市村敏伸(いちむら・としのぶ)
1997年生まれ、一橋大学法学部卒業。大学在学中にライター活動を開始し、現在は北海道大学大学院農学院博士後期課程。専門分野は農業経済学。ライターとしては、食料・農業にまつわる幅広い問題の解説記事を『週刊東洋経済』や「現代ビジネス」などに執筆中。
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