見出し画像

【小説】未来から来た女(1)

  私は、勤め帰りのダンナを待ちわびていた。といっても、ラブラブの新婚さんではない。私と悠太は、私が26で悠太が29の平成二十七年に結婚した。今年の三月には、銅婚式を迎える夫婦である。
 ドアホンが2LDKのマンションの部屋に響いた。今夜も予想通りのダンナのご帰宅である。「定時だから、7時過ぎには帰る」と、朝、わざわざ言って出掛けた日は、必ずといっていいほど、深夜にご帰還である。私は、食卓の冷めた食事を眺めながら、チャイムを聞き流していた。
「なんだ!いるんじゃないか?」悠太は、ネクタイを緩めながら、ダイニングにやって来てムッとした。「今日、定時じゃあなかったの?」口をカラスのようにとがなせながら私は言った。「うん!会議が長引いちゃって」悠太は、お決まりのフレーズを口にする。今夜も、やっぱり目を合わせない。
「お食事するんでしょ?」私も、冷めた料理をレンジへ運びながら、やっぱり目を合わせず、料理よりも冷めた声で言った。
 今は昔。新婚当初は、こんなとき、「メールでもくれればよかったのに・・・」と、鼻声で甘えたこともあった。
 つけっぱなしだったテレビが、午前0時を告げると同時に、マンション前の国道六号を、けたたましいサイレンの救急車と消防車が、続けて走り去って行く。その響きは子どもでもいれば、目頭を擦りながら起き出してくるほどだったが、私たちには子どもはいない。いや正確に言えば、お互いに儲ける気持ちがまるでないのだ。
 私は、悠太の前に料理を並べながら、彼の身体から僅かに漂う香りを、嗅ぎ分けていた。その香りの源は、わが家では使わない、ボディシャンプーに間違いない。もちろん、そのことは、悠太には言わなかった。
 私が彼の帰宅を待ちわびていたのは、話さずにはおれない話があったからだ。悠太は、珍しいことに、食事に箸をつける前に、「ゴメン」と小さな声で、しおらしく言う。まるで、私がこれから、話そうとしてることを、察知したかのようで気味が悪くなりかけた。
「今日ね、珍しいことがあったの」私は、努力してゆっくりと優しく話し始める。

【小説】未来から来た女(2)へ読み進める ☞

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
目次
【小説】未来から来た女(2)
【小説】未来から来た女(3)
【小説】未来から来た女(4)
【小説】未来から来た女(5)
【小説】未来から来た女(6)
【小説】未来から来た女(7)
【小説】未来から来た女(8)
【小説】未来から来た女(9)
【小説】未来から来た女(10)
【小説】未来から来た女(11)
【小説】未来から来た女(12)
【小説】未来から来た女(13)
【小説】未来から来た女(14)
【小説】未来から来た女(15)(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?