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【連載小説】母娘愛 (12)

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 翌、早朝、裕子は新幹線の車中の人になる。博多行のぞみ79号は、定刻の6時キッカリに、始発品川駅をあとにした。昨夜は広島の母とのやり取りで発覚した事実が、裕子を一睡もさせなかった。思案したあげく、結婚を決意した福田誠が、母親の婚約者だったとは。
 自分の早とちりだったと悔恨するより、母親の生半可な説明を激しく糾弾する裕子だった。「ええ人が見つかったんじゃけど・・・」と聞けば、自分にとっていい人だと思った裕子。封じ込めていた結婚願望の深層心理を目覚めさせられ、挙句の果てに振り出しに。その痛手は、治りかけた傷口に塩をすりこまれる思いがした。
 車両の微かな振動に誘われて、うとうとしていたのだろう。後部座席の老夫婦の「まあ素晴らしい~!」の奇声で目が覚める。三島あたりだろうか、右手車窓に展開する富士山は、今日も乗客たちを魅了する。
 良く晴れた青空のもと。雄大な富士山を眺めていると、裕子の瞳に涙が滲む。惜別の思いで広島を後にして二十数年。そして、ダブルパンチを食らって、故郷へ行く。そうだ、本来は、帰ると言うべきところだが、故郷へ行く感覚。裕子にとって、もはや広島は故郷でもなんでもなかった。有耶無耶の母と娘の葛藤の精算に向かう。富士山の勇姿が、受けた心の裂傷を、哀しく、そして容赦なく開くのだった。

「まもなく京都!京都で~す!」オルゴールの音色とともに流れる、車内アナウンスを合図のように、後部座席の老夫婦が降車準備にとりかかる。裕子が、やっと半分来たかと、座り直しながら背筋を伸ばしたら、通路を行く老夫婦が出口へ消えた。ほぼ同時に乗客が乗り込んで来る。京都あたりで、乗客が入れ替わる。漠然とそんなことを考えながら、退屈さを紛らわしていた裕子。
 突然、「マ!・・コ・ト!」と、途切れ途切れに叫ぶ裕子は、衆目を集めることになった。なんと、乗り込んで来る客の中に、福田誠を見つけたからだ。裕子に気付いた福田は一瞬固まる。裕子は座席を蹴った。踵を返し乗り込んで来る客をすり抜け、ホームへ逃げる福田。「福田さ~ん!」裕子の呼び掛けは、閉まるドアに遮断され、福田には届かなかっただろう。ドアの窓に額を押し付け、マコトの動向を必死に追う裕子。「マ、コ、トッ・・・」裕子のまともな言葉にならない微かな掛け声が、窓ガラスに反射して、つぶやきになって無残にも消えた。
 連れの女性の二の腕を、鷲掴みにして逃げる福田の後ろ姿が、時間経過と共に鮮明になってくる。福田への未練が再熱する裕子だった。あの連れの妖婦は、親族なのだ。きっと、妹さんなのだ。それとも、ただの友人なのだ。とにかく打ち消すことで、裏切っられたとか、騙されたという、裕子の心の中に、巣くい始めた被害者意識を、ひたすら追い出したかったのだ。
 裕子は一縷の望みを抱いて福田に電話する。「おかけになった電話番号は現在使われておりません」何度かけなおしても、無味乾燥な機械音声が流れてくるばかりだった。
 裕子はトイレに駆け込む。狭い空間が、裕子の哀しみを、一層助長させる。愛した人に背を向けられる残酷な情景に、幼子のように大粒の涙が裕子を襲うのだった。


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