見出し画像

【連載小説】母娘愛 (11)

👈 【連載小説】母娘愛 を 初めから読む

 裕子は、缶ビールの空き缶を、力強く右手で握り潰した。

 アルミニウムの破壊音が、独り住まいのリビングで、悲しい泣き声のように響いた。頭の固い役員連中の「いまさら広島でもない・・・」という意見を、どうにかこうにか説き伏せて、始動させたキャンペーン企画<もうひとつのヒロシマ>が、ここに来て頓挫してしまった。全国旅行支援の開始延期が決定された痛手は、筆舌に尽くし難い。

「マコト!・・・たった今抱きしめてほしい!」 

 裕子の唇から声になってこぼれる。これが、言霊となって、広島にいる福田のもとへ届いてほしいと懇願する裕子だった。せめて、声だけでもと、福田を携帯で呼び出すのだが。聞きなれない、太い男声が出た。オイともハイとも判別しにくい受け応えの後ろから、ソイツに出ちゃあダメだ・・・という雑音に混ざった声が、裕子の耳に残る。それが、マコトの声のように聞こえたのは、単なる空耳だったんだろうと裕子は思いたかった。それから、何度か掛け直してはみたが、一度も福田には繋がらなかった。

「ママ!・・・」裕子の携帯は、広島の独り暮らしの母の携帯には繋がった。

「ゆうちゃん!どしたん?こんなおそ~に・・・」母、恵子は弱々しい裕子の声に、訝る声で応える。「ママ!・・・」もう一度呼びかける裕子の声に恵子は、胸騒ぎするのだった。

「ママ!結婚することに決めたの・・・わたし・・・」裕子は腹の底から絞り出すように言う。「そりゃそりゃ・・・」恵子は心から祝福した声で応える。「それで、どこの人なの?」「どこの人って?・・・ほら!マコト・・・さんとよ!」裕子は、あわてて福田のことを、さん付け呼びに訂正した。「マコトさん!って?・・・」恵子は声を、激しくひっくり返して、それっきり言葉が続いて出て来なかった。
「ママ!ママ!・・・どうかしたの?」裕子が何度も呼び掛けるのだが、恵子は応えてこない。裕子はスマホの画面を覗き込んで、母と繫がっていることを確かめて、もう少し大きな声で呼びかけようとした。それと同時に、恵子の怒鳴りつける声が飛び込んできた。

「なによ!アンタ!マコトを誑かしたのね!この盗人!・・・最近、頻繁に東京へ行く思うとったら、・・・アンタと逢うとったのね・・・」「・・・」

 裕子には、母の怒りが皆目理解できないで、スマホを握りしめ、母の言葉が途切れるのを待った。「うちたち・・・秋に結婚したいって・・・マコトが言うたじゃろ!そのために、アンタに逢いに行ったのに・・・アンタがOKする条件で・・・」恵子は自分の声が徐々に、小さくなるのに、言い知れぬ寂寥感を味わっていた。
「ママ!それって?どういうことなの?ええ人がおる言いよったのに?ママの相手にって・・・こと?・・・酷い!」裕子は、心の中で輝いていた明かりが、まるで予期せぬ停電かのように、突然消え絶望の底なし沼に落ちていく心地がした。


【連載小説】母娘愛 (12) へ 読み進める 👉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?