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地域おこし協力隊としてのコラム。

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2022年4月から着任している地域おこし協力隊での活動を通じて、感じたこと・考えたことを綴っています。
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#日常

町を広めている手応え。

僕の地元、宮城県美里町はマイナーである。いきなりざっくりとした断言としたが、たとえば同じ県内の仙台市や石巻市、気仙沼市などに比べたら、知名度はかなり低い。大型商業施設や映画館、テーマパークなんかがあるわけでもないため、宮城県出身の方からクエスチョンマークを頂戴する機会も少なくない。 ただ、この一見するとゆゆしき事態も、僕にとってはひとつの魅力に思えている。地方で生きることに興味を持ったここ1〜2年は、オンラインのコミュニティに参加したり、またさまざまな地域へ実際に足を運んで

協力隊満了の3年後、なにしてる?

「今は試用期間として、3年後を逆算して活動してほしい」 地域おこし協力隊としての僕たちに対する、とある方からの言葉である。町のあらゆる団体のイベントや企画へ参加するのはいいけれど、“タダ”で身をほっぽるのではなく、しっかり“旨味”も蓄えてほしいと。そんな心配じみた、僕たちへの願いが込められていた。 たしかに、おっしゃる通りである。個人的には今、そうして協力隊を歓迎して「関わってもらえること」自体に価値を感じていた。もちろんそれも間違いではないと冒頭の言葉の主は言うのだが、

なるようになるために。

地域おこし協力隊としての、初任者研修会。最終日に待ち受けたプレゼンをなんとか乗り越え、充実の3日間を終えることができた。個人的ないちばんの収穫は、全国の“同期”と知り合えたこと。SNSでつながることができたし、明日以降、彼らが日本のどこかで頑張っているんだと思えるのは励みになるだろう。 そういえば、昨日は協力隊OBによる事例発表のコマもあって、卒隊後に起業家や個人事業主になる、そんな“先輩”たちの活動が紹介された。その質疑応答の中で、とある受講生から「卒隊後の具体的なイメー

やっぱり上手じゃないこと。

議論するのが上手じゃないなあと思う。自分自身の話である。 地域おこし協力隊としての初任者研修会、2日目。講義を聞きっぱなしだった昨日とは打って変わって、今日はグループワークに取り組んだ。ランダムに振り分けられた5〜6人のグループで、地域課題の解決を想定したシミュレーションゲーム。メンバー同士で意見を出し合い、模造紙にマジックやふせんを駆使してアイデアを書き込んでいく。 その意見を出し合う議論の場で、やっぱり自分はそれが上手じゃないと感じた。“やっぱり”とは、そう思うのは今

面白がる力。

4月に地域おこし協力隊となってから、今月下旬に〆切を迎える課題が出されている。それは「町の魅力発見レポート」。宮城県美里町に移住してきて自分の目で見て肌で感じた、そんな町の魅力あるいは可能性をまとめて提出してください、というような内容だ。 しかし、東京からUターンして8年ぶりに美里で暮らしている僕にとって、それは決して簡単な話ではなかった。かつて過ごしていた小学1年生から大学4年生までの期間を含めても、思いつかないのだ。町の魅力ってやつが。魅力がないから僕たち協力隊が必要と

1人の100歩より、100人の1歩。

どうしても地域おこし協力隊としての「まちづくり」の話題になってしまうが、一般的に協力隊は、地域の人を“巻き込む”必要があるとされる。ものすごい経験やスキルを積んでまちの外から移り住んだとしても、既存の住民との関係性を構築できなければ、より良いプロジェクトを進められないと。まちの内側の人を変えてこそ、真のまちづくりなのではないかと。少なくとも、僕はそう解釈している。 そのために必要なのは、おそらく「できないこと」を認めることだ。たとえば僕は今、まちのnoteの更新を担わせても

「伝える」と「伝わる」。

伝えたいことは、たくさんある。 宮城県美里町の地域おこし協力隊として、日頃から多くのヒト・モノ・コトに触れている。8年ぶりに過ごす地元は、まだ着任1ヶ月を終えようとする段階とはいえ、とても刺激的だ。自分自身の価値観の変化もあり、“いちいち感動する”日々を送ることができている。 ミッションのひとつに、SNSを使った町のプロモーションがある。僕はおもにnoteを活用した取材記事を投稿する役割を担っているが、そのネタは尽きないのではないだろうか。 しかし、その全てを伝えようと

自分で定めるまちづくり。

まちを知るとは、どういうことだろう。 どうしても地域おこし協力隊としての投稿が多くなってしまうが、僕はこれから本格的に、宮城県美里町でまちづくりに取り組んでいく。3年という任期の中で町の課題を解決するイメージではあるが、1年目、というか1ヶ月目の今、必要とされているのは「まちを知る」ということだと思っている。 小学1年生から大学4年生までを過ごした地元へUターンしたとはいえ、8年ぶりに過ごしている美里町。また、当然ながら学生時代と今では価値観や感覚が異なることもあり、まち

記事にするとかしないとか。

地域おこし協力隊として、初めてイベントに参加してきた。地元の農産物直売所「花野果市場」の創業祭。事前に打ち合わせをしていた社長や専務とも顔を合わせて、社長には「SNSで記事にしてくれてありがとうね」なんてことも言われた。 美里町の協力隊として発信するnote『みさと新報』。先週からスタートしてからここまでふたつの記事を投稿しており、今後は美里で生きる人の取材記事や、イベントに関する告知およびレポート記事で満たしていく予定だ。そして今回、花野果市場の社長には、創業祭の告知に対

仕事を考える、ポジティブな週末。

地域おこし協力隊として本格始動してから、初めての週末を迎えている。今日は目覚まし時計をかけずに朝を迎えたものの、カーテンの隙間から溢れてきた朝日を感じると、ついスマホで時刻を確認してしまった。それだけ毎朝の寝坊の可能性に怯えているということだろう。 春の陽気に包まれてのんびりとした時間を過ごしていたが、自然と頭は今週の協力隊の活動を考えていた。「来週はもっとアレを詰めなきゃな」「ひょっとしたらコレもできるんじゃないか」なんていうふうに。どうやら、常に町のことを考える自分がい

行政探検隊。

いよいよ、地域おこし協力隊としての本格始動。といっても今日は、役場庁舎の各階を挨拶に回った。それぞれの課で隊員一人がひとことずつ喋らせてもらい、これでもかと言うほど自己紹介をした日となった。 初めて行政に身を置く自分としては、各フロアの職員たちの姿を見て彼らが住民の生活を支えているのかと、ちょっと感動めいた感覚が芽生えたりもした。また、教育委員会や町議会の方々ともお会いさせてもらい、これこそが協力隊としての特権ではないかとも感じている。というのも、やはりなかなかそんな行政の

【改めて報告】宮城県美里町の地域おこし協力隊になりました。

僕のことを知ってくれていたり、このnoteを読んでくれていたりする方にとっては「改めて」となりますが、4月より地元である宮城県美里町の地域おこし協力隊となりました。1日の辞令交付式では町長から直々に雇入通知書を頂き、いよいよ新生活が始まったんだなあと身が引き締まる思いです。 なぜ東京での約5年の生活を経てUターンしたのか、その理由は大きく分けて3つあると思っています。ひとつ目は、フリーランスとして活動していく中で一人でできることの限界を感じ、誰かのために自分を活かせないかと

お風呂以外は全部ある。

きのうカギを渡された新居の整備が、着々と進んでいる。電気と水道を開けてもらい、きょうはネットも通った。あと照明やカーテンはニトリで買ってきて、あすの夜からでも“あっち”で生活しようと思っている。地元で一人暮らしすることになるとは、なんとも不思議な感覚になりそうだ。今さらながら。 ただそんな中、唯一ガスだけが通っていない。きのう管理会社に来てもらってはいたのだが、給湯器が壊れてしまっていたのだという。今週中にも新しいものに交換してもらえるらしいが、それまではお湯やコンロが使え

新生活の幕開け。

いよいよ、宮城県美里町の地域おこし協力隊として新年度を迎えた。きょうは辞令交付式。新たな道へと踏み出す職員たちの名前が読み上げられ、委任状の授与が繰り返された。僕はその様子を卒業式のようだなあとノスタルジックに眺めていて、その後、今年度から採用された我々4人の協力隊は壇上で挨拶をさせてもらった。 その4人の協力隊とは、きょうが初めての対面。みんな僕より歳下で、そんな彼らの姿を見ると、ちょっと襟を正すというか背筋を伸ばす自分もいた。が、どうせそんなメッキは簡単に剥がれていくし