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〇ぬか漬けを溺愛する人


数年前から、ぬか漬けを始めた。
「ぬか漬けやっててさあ」と言うと、「えっ!どう?手間かかる?」とよく聞かれる。「手入れ大変そう」というイメージがあるみたいだ。わかる。私もそう思っていた。
しかし、始めてみるとなんてことはない。1日1回混ぜて野菜を入れて冷蔵庫で放置しているだけで立派な「ぬか漬け」ができるのだからこんなに楽な料理はない。


始めたそもそものキッカケは、一人暮らしのとき、購入した野菜が使い切る前に悪くなってしまうのをどうにかしたいと思ったからだった。
ある日、スーパーで「ひと玉買っても絶対に余らせちゃうじゃん…」と思いながら「本日のお買い得」と書かれたキャベツとにらめっこしていると、野菜売り場の端っこに「ぬか漬けはじめませんか?」と書いてあるポップがあった。それを見て「お、なんかええやん」と興味を持った。
調べてみると、「ぬかに入れたらだめな野菜ってあるの?」っていうくらい何でもOKだった。アボカドとか、みょうがとか、プチトマトもすごくおいしい。冷蔵庫に入れておけば発酵作用が弱まるため、忙しくて2日くらい放置してしまっても平気だ。おいしさとかはよくわからないが、便利さに随分助けられている。


 始めて1か月たった頃、会社の先輩にその話をすると、「○○さんにぬか漬けの話してみたら?喜ぶよ」と言われた。喜ぶ…?
試しにその上司のところにいって「ぬか漬け始めたんです」と言うと、見たこともないような満面の笑みで「いいですよね!ぬか漬け!!!」と返ってきた。こんなにテンションが上がっているその人を見るのは初めてだった。聞くと、その上司はかれこれ30年以上ぬか漬けをやっているらしい。
「やっぱり年々味わい深くなってきますよね、ぬかは」。そう言って目を細めながら、台所で育てているというぬかの話を聞かせてくれた。「ぬかにも、調子いい時と悪い時っていうのがあって」「昔は漬けた野菜で判断してたけど、段々手を入れるだけでわかるようになってきました」「混ぜるの忘れてしまった次の日とかはやっぱり元気がなくて。ごめんなあ、って言いながら混ぜますよねえ」。
上司から次々と溢れるそのぬか愛に、私は話を聞きながら若干引いてしまった。
この人、ぬかをまるでペットのように溺愛している…!
自分は本気のぬかラー(?)には絶対になれないな、と思った。味とか配分とか混ぜ具合とか、本気でやっている人はこんなにも色んなことを考えながら楽しんでいるのか。私はもう、細々と楽しむだけでいいや…。


しかし、最近ある変化が訪れた。
先日、ふとした瞬間に「あ、なんか今すごいぬか漬け食べたいな…」と思ったのだ。ほぼ毎日口にしている味だからだろうか、ぬか漬けがすごく自分にとって「当たり前の味」になっていることに気付いた。
あれ、私、もしかしてぬか漬けを愛し始めている…?


改めて考えてみると、いくつか思い当たる節があった。
まず、最近なんだかぬかをもみもみする時間が少し楽しみになっている。なんだろう、あの、やわらかくてねっとりとしたぬかに手が包まれている時間、あれは確実にヒーリング効果があると思う。例えるなら、小さい頃夢中になってやった土遊びの感覚に近いだろうか。フタを閉めて再び冷蔵庫に入れるとき、少しスッキリした気持ちになっている。

そして、いつの間にか「ちょっとした生き物を飼っている感覚」を持っていることにも気付いた。ぬかをまんべんなく空気に触れさせようと混ぜている瞬間、あれは確実に「お世話をやいている」心持ちだ。「さあ、お前たち元気になれよ~」と思っている。もしかしたら少し話しかけているかも知れない。

そして、極めつけは留守にする際に、家の人に代わりに混ぜ合わせを頼んだ時だった。数日後、家に帰ってぬかを開くと、いつもより若干荒く混ぜられただろう形跡が見えた。それを見た時、そして「混ぜるの楽しかったよ」と言われた時、なぜか胸がちくっとした。
そう、あれは確実に「嫉妬」だった。
自分の大切に育てたものを、誰かに好きに触られたことに対する嫉妬。

私、もしかして…いやかなり、ぬかのことが好きになっている…!!?

いつものやり方で自分なりのぬか床を整えている時、ふといつかの上司の姿を思い出し、自分の将来を見たような気がした。



(食欲をさがして 24)