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コハルの食堂日記(第4回)~ゲームにハマる青春①~

 平成三十年十一月二十二日。明日の「勤労感謝の日」からの三連休を前にした木曜日の夜。
 すっかり朝晩冷え込んできた十一月の下旬。東京の都心でも、紅葉の見頃も始まっている。木枯らしが吹いてきて、それらが散らされる日も近いかもしれない。
 その夜は、山下という、これまた五十代くらいの仕事帰りによく「味処コハル」に寄るサラリーマンの常連客が来店していた。

 山下が切り出す。
「うちの倅がね、明日から大学祭だってもんだから、今日は準備だって、朝も俺より早くから、張り切って家を出ていったよ。朝の授業のときも、そのくらい張り切ってくれよと思うけどな」
 それに対して春子が尋ねる。
「息子さん、大学二年生だったかしら」
 山下が答える。
「そうそう、大学二年。でも家で勉強らしきことしているのを見ないから、留年なんてしないだろうかと心配だよ」
「うふふ。大学生なんてみんなそんなものじゃないかしらねぇ」
 春子は若き日の夫の姿を思い出しながら微笑みつつ言った。
「いやぁ、今の大学ってどこもかしこも厳しいらしいよ。俺らの頃なんて麻雀を四年間ずっとやっててもなんとか卒業できたけどなぁ」
 山下は揚げ出し豆腐に箸を入れながらそう言った。


 二年前、平成二十八年夏。お盆休み前の猛暑続きの頃。
 盛夏も盛夏の頃は日が沈んでも、まだまだ外はもわっとした熱気に満ちている。

 その夜も山下は「味処コハル」に来店していた。徳利からお猪口に冷酒を注ぎ、お猪口からぐいっとひと呑みしながら、愚痴をつぶやく。
「うちの倅がね、高校三年でもう大学受験を控えているってのに、スマホのゲームのポケモンGOとやらにはまってるんだよね。それだから碌に勉強しない。受験生は夏が大事だってのに、大丈夫かよって思うよ。こっちがヒヤヒヤする」
「ええ、ポケモンGO、流行ってるらしいわね」
「でもさ、ポケモン、ポケモンって子供みたいなことしてて楽しいのかねぇ。まぁ、まだ高校生なら子供みたいもんかもしれないけど、小学生じゃあるまいし」
「あら、大人にも人気らしいわよ。実のところこの店の周辺もパワースポットなのよ」

 春子のほうが流行に敏感なようだ。「パワースポット」という言葉を持ち出す。これは「ポケモンGO」というゲームのプレーヤーにとってのいわゆる「穴場」というべきものであろうか。
 スマホの位置情報を利用する、この「ポケモンGO」。実際に自分の足でいろいろな場所を訪れることによって、たくさんの種類のポケットモンスター、つまりは「ポケモン」を捕獲できるのである。「パワースポット」においてならばその御利益は他の場所よりも大きい。

「んー、まぁ。でも、ゲームなんて大学に合格してからいくらでもできるだろう。受験生の今、ワンランクでも上の大学を目指して、合格してもらわないと困るんだよね」
 冷奴に手を付けつつ、そのように愚痴を続ける山下であった。

 そこで春子も夫の勲の大学浪人時代を思い出す。春子と勲の出逢いは勲の浪人時代。その当時の勲もゲーム狂いの浪人生であった。

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