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星のや軽井沢〜野鳥の森 のサウンドスケープ雑記

夏の避暑地として定番でもある軽井沢ですが、自然豊か(軽井沢町の約63%が森林)であり、さまざまなサウンドスケープスポットがありそうです。

今回は、「星のや軽井沢」と、そこに隣接する「野鳥の森」のサウンドスケープについて、ご紹介します。


星のや軽井沢

野鳥の森は星野エリアに所在しており、森へ入る前に「星のや軽井沢」について紹介します。

星野リゾートの原点である軽井沢は、20年ほど前に星野温泉からの全面リニューアルを果たしています。
エリア内にヴィラが点在し、自然との一体感を味わえる集落のような構造であり、村に入る違和感と安心感が味わえます。 

ロビーとダイニング「嘉助」
棚田構造のラウンジスペースでは、流水の音に包まれます。
池が中心に据えられ、取り囲むようにヴィラが配置されています。湯川から分岐されて流れており、また元の川に合流するようです。(大変手の込んだ開発)
瞑想向きの緑地と椅子。朝ヨガのイベントも開催されてました。
近くを流れるのは「湯川」で、流水音が周辺に鳴り響きます。ちなみに下っていくと信濃川に合流し、日本海へ流れて行きます。


♪録音した「集落内の音」

上記の写真のスポットを含む、複数のスポットでの音をメドレー形式でお届けします。
[0:00~]棚田テラス
[1:48~]西側の朝
[6:15~]山側の客室テラス
[10:28~]緑地の椅子
[15:52~]メディテーションバス前の俯瞰


星のや軽井沢における、サウンドスケープの構造を少し考察してみます。

①基調音(特定の社会において絶えずきこえているような音、あるいは他の音が知覚される背景を形成するような音)
→水の音:中央の棚田構造の流水音が、集落のかなりの割合をカバーしています。端の方へ行くと、中央の流水音が聞こえなくなる代わりに、近くを流れる河川の音が聞こえてきます。集落の範囲を表す意味では、信号音にも近い意味もあ含まれそうです。このあたりのサウンドスケープデザインは、かなり緻密に設計されているように感じます。

②信号音(人が特に注意を向ける音)
→鳥の声(特に朝)や虫の声(特に夏):季節や時間帯を特徴づけるのがこれらの音です。人工的な音はないと思われます。

③標識音(特定の共同体の人々によって特に尊重され、注意されるような音)
→無し:時を忘れて、集落の中でマインドフルネスな過ごし方をする想定をしているからでしょうか。場所を象徴する音は見受けられませんでした。

という印象です。


そして、星のや軽井沢の真横には、今回取り上げるもう一つのスポット「野鳥の森」が位置しています。これは偶然ではなく、星のやと野鳥にまつわる歴史があり、両者は切っても切れない関係にあるようです。

野の鳥は野に
「日本野鳥の会」設立者である中西悟堂が星野に滞在した折、ここの森は野鳥の宝庫であると指摘。星野温泉の三代目星野嘉助※はその薫陶を受けて保全活動に取り組みました。

※補足:星野家は「嘉助」を世襲していたので、ここでは星野嘉政氏(星野リゾート代表・星野佳路氏の祖父)のこと

星のや軽井沢ホームページ

そして保全活動などの功績が認められ、1974年に軽井沢星野エリアに隣接する森が、全国で初めて国の「野鳥の森」に指定されます。

野鳥の森の入口に設置されているのは、「日本野鳥の会」の設立者であり、詩人・歌人の中西悟堂 氏(1895-1984)の碑。鳥を食の対象から、鑑賞の対象にすることを唱え『日本野鳥の会』設立し、日本の自然保護にとってエポックメイキングをもたらしました。


軽井沢星野エリア110周年

1914年の星野温泉開業から110年とのことで、特設サイトがオープンしていました。
1904年、星野家の二代目である国次が星野エリアを購入して開発がはじまったといわれています。
星野リゾートの原点でもある軽井沢の歴史をダイジェストで知ることができるので、興味ある方はご覧下さい。



野鳥の森にて観察

次は、森に入って行きます。
鳥の声を聴くなら朝4時頃がよいのでは、と現地の方からアドバイスを受け、早朝の森をひとり散歩することに。

国設であり管轄するのは環境省林野庁と長野県。1974年に国の「野鳥の森」(全国で4か所あり)として設定され、鳥獣保護区にも指定されました。


森を歩きながら野鳥の声が聞こえる場所場所でレコーディングをしてみました。奥へ進むにつれ、より多くの鳥の声に歓迎されます。

年間で100種類以上の野鳥が見られるとのことです。季節や時間帯や場所によって、さまざまな鳥の声を聞くことができます。
次に、実際に録ってきた音をご紹介します。


♪録音した野鳥たちの声

いくつかのスポットでフィールドレコーディングした音を繋いだ音源です。
[0:00~]①野鳥の森の入口付近
[7:30~]②どんぐり池
[12:16~]③奥地 その一
[18:04~]④奥地 その二
[20:56~]⑤奥地 その三


入口からしばらくは、沢の水音を片側に聞きながら進んでいきます。

「ザ・森」な一枚です。実はこれは9時頃のものでして、朝4時はもっと暗いです。

沢の水音がフェードアウトして聞こえなくなるくらいに奥地に来ると「どんぐり池」という人口の池があります。鳥が水浴びするために作ったものとのことですが、池にはアメンボやオタマジャクシなど、多様な生物が生息しています。

どんぐり池という人工の小さな池

池から先に進むと、より鳥の声がクリアに聞こえてきました。

鳥の声が大きくなってきます

さらに奥に進むと、けもの道のような区域に入ります。早朝で誰もいないこともあり、ピンと張り詰めた空気です。野鳥の声は近くなり、声の種類も変わってきました。
私は聞き分けるほど野鳥に詳しくないので、どなたか詳しい方に教えを請いたいところです。

奥地は本物のけもの道も多数あります

熊に出会ったらどうしようかと思いながら呼吸を殺すようにレコーディングしていましたが、幸い遭遇せずに済みました。(熊よけの鈴を持ち合わせておらず…)

木を見るとツキノワグマの爪痕があり、奥地に来たことを実感します

身ひとつで森に飛び込むのは、少しスリルを感じながらもマインドフルネスな時間となりました。

ちなみに、2日連続で4時起きしてやってきました。朝のメディテーション森散歩とでも言いましょうか。おすすめです。(夜更かしすると失敗しますね)



補足

最後に、野鳥の森と音に関するトピックを追加で2つご紹介します。

①ピッキオ/Picchio

軽井沢で星野リゾートの一員として生まれ、野鳥の森を中心とした自然体験活動を提供するのが、1992年から活動するエコツーリズムの専門家団体「ピッキオ」です。(前身は「野鳥研究室」とのこと)

「ピッキオ」とはイタリア語で「キツツキ」の意味であり、「キツツキが暮らすような豊かな森を未来に残したい」という意味が込められています。

森のおもしろさや不思議さ、かけがえのなさを伝えることで、森の経済的な価値を高め、森を森の姿のまま後世へ残していくことを目指しているとのことです。

ピッキオの拠点ではネイチャーツアー前のレクチャーも行われるほか、この場所でコウモリなどの生物観察なども行います。


②オリヴィエ・メシアン

20世紀のヨーロッパを代表する現代音楽家のオリヴィエ・メシアン(1908〜1992)も、野鳥の森にゆかりがある人物です。音楽家にして鳥類学者で、世界中の鳥の声を採譜して作品を生み出しました。

軽井沢に訪れたこともあり、前出の星野嘉政氏が案内をしたとのことです。そしてそのとき聴いた鳥の歌から書かれた曲が、「七つの俳諧」の第6曲「軽井沢の鳥たち」です。


おわりに

星のや軽井沢エリアは開発から110年、野鳥の森の誕生からは50年が経ちます。森そのものを訪れるのも良いですが、星のや軽井沢の集落と行き来することで、人と森と動植物の関係を感じてみてはいかがでしょうか。

それでは、ごきげんよう。

参考資料

  • 桐山秀樹、吉村祐美、宮下常雄『軽井沢ものがたり』(新潮社、1998)

  • ピッキオ『鳥のおもしろ私生活 改訂版』(主婦と生活社、2013年)

  • 小林照幸『野の鳥は野に 評伝・中西悟堂』(新潮社、2007)

  • 環境省「国設軽井沢野鳥の森(セルフガイドマップ)」(令和3年4月改訂版)

  • 軽井沢町「軽井沢町環境基本計画 2024→2033」(令和6年3月)

  • R・マリー・シェーファー著『新装版 世界の調律 サウンドスケープとはなにか』鳥越けい子、小川博司、庄野泰子、田中直子、若尾裕訳(平凡社、2022年 ※初版 1986年)

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