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落選作を埋葬しています。

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ディバイデッドホテル 1/32

 夜に、月が浮かんでいた。畑野陽子は、肩まで垂らした髪をかき上げ、加熱式タバコを咥え、淡いけむりを一口吐いてから、「アイツがいるうちは、身動き取れないんだよね」とため息まじりに言った。 「慌てなくてもいいジャンか」 「そうなんだけど。でも、せっかくアナタが決めてくれたのに。なんだか、イライラする」 「ひどい言い方だな」 「そう思うよ、自分でも。でも、仕方ないジャン」 山口明夫は、温くなったビールを口に運んだ。  ジョッキ越しに彼女を眺めた。テーブルに肘を突き、物憂げに首を傾げ

    • ボット先生  【第35話/全35話】

       冬休みが明けても、さやか先生は戻って来なかった。サンキューの後は、イクキューだそうだ。 「イクキューって、何?」 となりのキムラ君に尋ねると、「知らね」と素っ気無く言われた。  キムラ君は、ボクがけむったいんだ。というのも、ボクが彼と同じ塾に移ったから。そんなの気にしなくてもいいのに。算数では、ボクは全然キムラ君に敵わない。英語もだ。でもたまたま、前回の模擬テストで、ボクは塾で一番の点数を取った。国語だけ。今まで全教科でトップだったキムラ君は、それが気に入らないんだ。  ケ

      • ボット先生  【第34話/全35話】

        「動くんじゃねえ。さもないと、コイツの命はないぞ!」 月明かりが、マーさんの禿げた頭を照らしていた。マーさんは、左腕で駅員さんを抱えていた。駅員さんは、帽子が脱げ、濡れた前髪が額に張り付いていた。 「面目ねえ」 駅員さんは、腰の辺りで両手を広げ、苦笑いした。彼の米神に、マーさんはピストルを突き付けていた。  マーさんは、鬼のような顔だった。ドローン軍団を使ってボクを浚おうとしたけど、警察に阻止されて、いよいよ手段がなくなり、駅員さんを人質に取った。どうしても、ボクを連れて行く

        • ボット先生  【第33話/全35話】

           ドローン軍団は、蚊柱みたいに散らばった。飛び上がるボットPを避け、ふわふわとかわす。ボットPはまっすぐにしか飛べないから、命中しなければむなしく飛び去るだけ。外れたボットPは、逆さまに落ちて砂浜に突き刺さった。  ドローンが反撃を開始した。四、五機が一体になって急降下し、地上のボットPに向かって足からパチンコ玉を発射した。集中砲火を浴びたボットPは、体のゴム状の繊維を切られ、くの字に折れてその場に倒れた。  ああ、ヤバい。  ドローンは、いくつかの組を作り、順繰りに降下して

        ディバイデッドホテル 1/32

          ボット先生  【第32話/全35話】

           前にフジモト君が言っていたけど、ボット先生は、日本製の人工知能だ。ボットPも同じで、やはりフジモト君の会社で製造したものらしい。人工知能同士はお互いに知識や経験を融通し合うので、ボット先生とボットPは仲がいいのだ。というより、ほとんど同じ人格だと言ってもいいのかも知れない。  いや、おかしい。ロボットに『人格』は変だ。そもそも、人格って言葉自体、よく分からない。  駅舎から出たボクらは、夜空からプロペラの音が降ってくるのを聞いた。  ヘリコプター? じゃない。暗闇に点々と浮

          ボット先生  【第32話/全35話】

          ボット先生  【第31話/全35話】

          「オレ一人だからさ、遠慮しないでいいよ」 駅員さんは、まだ二〇歳くらいの若い人だった。ウーロン茶を奢ってくれて、駅前の弁当屋で、牛丼を買ってくれた。いろんな機械に囲まれた駅員室で、二人で牛丼を食べた。熱い、うまい。  駅も今では自動化されているので、駅員さんの仕事は少ないんだそうだ。電車の発着の安全点検と、忘れ物の見回りくらいだ、と駅員さんは言った。それでも無人駅にしないのは、高齢者の多い地域なので、車椅子での乗り降りに人手が必要だからだという。 「その仕事もいずれ、ロボット

          ボット先生  【第31話/全35話】

          ボット先生  【第30話/全35話】

           さて、どこに行こうかな。  そろそろ日が暮れる。どこかに行かなきゃならないんだけど、どこにも行く当てがない。三浦って、寂しいな。五月に遠足で来たときは、楽しかったんだけど。砂浜があって、海がある。その向こうには房総半島。ぼんやり靄がかかっている。あののこぎりみたいな山は、そのまんま『鋸山』というんだそうだ。  何で、こんなところに来ちまったんだろう。まあ、他に行くところがなかったからね。ボクは、おとなしくウーちゃんの踏み台になった。ウーちゃんは、はじめからボクに気づいていた

          ボット先生  【第30話/全35話】

          ボット先生  【第29話/全35話】

           本村さんがお母さんを窘め、その言葉にコーフンして、お母さんは、噛みつきそうな勢いで本村さんに言い返していた。もうボクには、大人の言葉が耳に入らなかった。叔父さんも加わって、大人三人で大議論。  ああ、お父さん。  ボクは、お父さんを知らない。でも、父親のいない子はいない。死んだとは言われていないから、どこかにいるはずだ。お父さん、助けて。ボクは目を閉じた。そして祈った。お父さん。この人たちは、嫌いな勉強をしたくなければ、YTSに行け、なんて言うんだ。  この人たちが、いなく

          ボット先生  【第29話/全35話】

          ボット先生  【第28話/全35話】

          「まあまあ」本村さんが、目尻を下げてお母さんを窘めた。「そんなに問い詰めたら、答えたくても答えられないよ。別に今すぐ、答えを出さなくてもいいんだ」 正面からボクを睨んでいたお母さんは、左斜め上に視線を外し、椅子の背もたれに寄り掛かって、鼻からため息をついた。  叔父さんが、ズズッとラーメンをすすった。 「キミの成績を見させてもらったよ」 本村さんは、優しい笑顔をボクの方に向けた。 「科目によってバラツキはあるけど、平均的なレベルは高い。特に国語と社会は抜群にいい。キミは、しっ

          ボット先生  【第28話/全35話】

          ボット先生  【第27話/全35話】

           豪華客船『キング・チャーリー』が出航した。朝、テレビのニュースで言っていた。行先は、マレーシアだそうだ。マレーシアってどこだっけ。ボクはジシューくんで検索した。東南アジアの、細長い半島だ。そんなに遠くないんじゃないかな。  ケンタがいなくなったなんて、まだ信じられない。  でも、もっと信じられないことが起きた。ボクが、ボクじゃなくなるって?  土曜の朝、ボクは叔父さんの狭い部屋で起きた。朝ご飯は、自分で持ってきたロールパンと、水筒のお茶。叔父さんの部屋の冷蔵庫に何かあるかも

          ボット先生  【第27話/全35話】

          ボット先生  【第26話/全35話】

           潜水艦を下りたボクは、ジシューくんを取り出した。どうすればいいか、ボット先生に相談しなきゃ。 『そこで待っていればよろしいデース』 ボット先生はまた、マジメな顔だった。待つって、何を待つんだ?   すぐに、天井にポカンと穴が開いて、ツルッパゲのオジサンが降りてきた。マーさんみたいなひげを生やしていた。 「ボクは、モーだ」禿げオジサンは言った。「ついて来なさい。ケンタ君たちに、合わせて上げよう」  こいつ、敵だよね。  ボクの腕を掴もうとしてモー氏が伸ばした手を、ボクは払い除

          ボット先生  【第26話/全35話】

          ボット先生  【第25話/全35話】

           フジモト君は、白いジャージを着て、赤い車の傍に立っていた。ネクタイを締めていないフジモト君を見たのははじめてだった。ちょっと機嫌悪そうに、眉間に皺を寄せていた。 「一応、状況を説明しておこう」運転しながらフジモト君は言った。「今晩、ケンタ君たちの乗った船が出航する。本当は昨日だったんだけども、ボクとボット先生で交渉して、一日延ばしてもらったんだ。というのは、やっぱりボクらは、ケンタ君もマミちゃんも手放したくない。これからも、少なくとも小学校を卒業するまでは、一緒に勉強したい

          ボット先生  【第25話/全35話】

          ボット先生  【第24話/全35話】

           明日は土曜で学校がない。仕事で遅くなるので、叔父さんの家に行くようお母さんからメールが来ていた。そのまま日曜まで叔父さんの家に泊まらせてもらうってわけだ。  いやだな。  叔父さんは、お母さんの弟だ。駅前のアパートで一人暮らししている。あまり好きじゃない。小さい頃は優しくしてくれたけど、近頃は、こっちからは会いに行かないようにしている。機嫌が悪いと、何かと八つ当たりされるからだ。最近仕事を辞めたらしくて、一日中散らかった部屋に閉じこもって、パソコンに向かってぶつぶつ言ってい

          ボット先生  【第24話/全35話】

          ボット先生  【第23話/全35話】

           大音量の音楽。ゲーム機の鳴らすドカドカ音。同じセリフを繰り返す店内放送。大型スーパーのゲームコーナーで、波多野君はソフトクリームを奢ってくれた。学校帰りに、こんなところに寄り道していいの?  いいわけはない。バレたら先生に怒られる。第一、スマホで位置情報を見られているので、後でお母さんに追及される。  でも、波多野君はなれているから平気だ。ボクらはランドセルを児童公園の植え込みに隠して、手ぶらで表通りに出て、スーパーに駆け込んだ。お客のふりして入ってしまえば、誰も追い出そう

          ボット先生  【第23話/全35話】

          ボット先生  【第22話/全35話】

           なんてこった。ボット先生は、もう来ないって?  さやか先生は相変わらずサンキューだ。で、今日から来た先生。さやか先生の代わりにきたボット先生の、代わりの先生。 「ナーイス、チュー、ミーチュー、エヴィバディ。 タクト先生と呼んでくれ。フュー!」 お尻に張り付くズボンに、ムキムキの胸板がくっきり浮かぶシャツ、額に垂れた前髪。塾のタクト先生が教壇に現れた。まあ、彼も先生にちがいはないけども。ボクはウーちゃんを見た。ウーちゃんも、下唇を突き出して眉を寄せていた。  先生は、塾でやっ

          ボット先生  【第22話/全35話】

          ボット先生  【第21話/全35話】

           お母さんは、電話をしながら帰ってきた。居間でアニメを見ていたボクの前を素通りし、自分の部屋に入ってそのまま電話を続けた。誰と話しているんだろう? 電話中のお母さんには、話し掛けちゃいけないルールだ。  ボクが帰ったとき、家にはハンナしかいなかった。ハンナが怒り気味にえさを欲しがったのであげた。それからシャワーを浴びて、寝間着に着替えてテレビをつけた。  ケンタとマミちゃんは置いてきた。  ボット先生に言われるまま階段を下りて行くと、また扉が現れた。扉には把手がなく、縦横三マ

          ボット先生  【第21話/全35話】