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ボット先生  【第31話/全35話】

「オレ一人だからさ、遠慮しないでいいよ」
駅員さんは、まだ二〇歳くらいの若い人だった。ウーロン茶を奢ってくれて、駅前の弁当屋で、牛丼を買ってくれた。いろんな機械に囲まれた駅員室で、二人で牛丼を食べた。熱い、うまい。
 駅も今では自動化されているので、駅員さんの仕事は少ないんだそうだ。電車の発着の安全点検と、忘れ物の見回りくらいだ、と駅員さんは言った。それでも無人駅にしないのは、高齢者の多い地域なので、車椅子での乗り降りに人手が必要だからだという。
「その仕事もいずれ、ロボットに取られるよ」
駅員さんは、牛丼をウーロン茶で流し込んだ。
「キミ、家出だろ?」
「いえ、違います」
「隠さなくてもいいって。家出なんて、誰だって、一度はするんだ。オレは、中二の夏だったな。フェリーに乗って、千葉まで行ったんだぜ」
へへえ。フェリーか。
 千葉の金谷の港に降り立った中二の駅員さんは、山道に入って人気のないところに隠れたそうだ。千葉には、キョンとか、野生化した動物が現れるので、それを狩って食べれば暮らせると思ったらしい。初日は、タイワンリスを二匹も捕まえた。日が暮れて、落ち葉や枯れ木を集めて焚火をしていたら、地元の農家の人に見つかった。警察に連れて行かれて、留置所で一晩過ごして帰らされた、と愉快そうに話した。
「ただ、近頃は物騒だからな。さっきのオッサン、何だか分かる?」
マーさんだ。知っていたけど、「分かりません」と答えた。「人さらいだよ」駅員さんは、二重の瞼を急に吊り上げて、マジメな顔になった。
「子どもを浚って、外国に売りつける商売が、近頃流行ってるんだ。子どもだぜ? 自転車や、車じゃないんだぜ。まあ、アイツがそうだという証拠はないけどさ、駅前で堂々と家出少年を連れ去られたら、ウチの会社の立場がねージャン」
 下り電車が着いた。駅員さんは慌てて口を拭ってホームに出た。ボクも後について行った。
『前方、ヨシ』
『側面、ヨシ』
指先でチェック。最後尾の車両から半身出している車掌さんに向けて指ピストル。決闘だ。二人同時にバン。
 電車は静かに発車した。
「まあ、行くとこがないなら、ここで一晩過ごしたらいいよ。オレも、明日の始発まで夜勤だからな。ゲームでもしよう。でも、一応、警察には連絡しておかなきゃならないんだ。黙って泊めたら、オレが、キミを誘拐したことになっちまうから」
 二人で、駅事務所の大画面テレビで対戦ゲームをしていると、間もなく、電動バイクに乗ってお巡りさんが来た。
「ボットPだナス」
エリンギみたいなロボットだ。身長はボクと同じくらい。全体にツルンとして柔らかそうな体だけど、胸の辺りに星形のワッペンをつけていた。Pは、ポリスの頭文字だそうだ。
 ロボット巡査だ。ボクらの学校では、先生がロボットになったけど、ここいらでは、警察官がロボットに置き換えられているらしかった。
 なるほど、駅員も、ロボットになる日は近いかも知れない。
 ボットPは、ボクに質問した。村田テツヤ。一一才。小学五年生。住所は言えた。でも、電話番号を思い出せなかった。自分のも、お母さんのもだ。自分にかけることはないし、お母さんにかけるときは名前を押すだけだから、覚えなくてもよかった。メールアドレスなんて、さっぱり浮かばない。メアドはお母さんが作ってくれたもので、これも押すだけだから、覚えなかった。スマホを捨てちゃったので、連絡先が全然分からない。
「何かねーのかよ」
駅員さんが笑った。ボクも、仕方なく笑った。今ボクにあるのは、苗字と名前だけ。もしお母さんが再婚したら、いよいよボクは『テツヤ』だけになるってわけだ。
 ああ、そうだ。ジシューくんがあった。
「ベリーグッドだナス」ボットPのセリフに英語が混ざった。「ボットTにアクセスできるだナス」
 ボットT? ああ、ボット先生か。先生は英語でティーチャーだ。
 でも、家出とボット先生は関係ないような気がするなあ。ボクはもう、小学校にも行かないつもりだし。もっとも、ここから連れ戻されたら、また行かなきゃならないんだけども。ボット先生、怒るかな?
 ボットPは、エリンギのてっぺんにジシューくんを乗せた。すると、エリンギの白い胴体のお腹の辺りがもぞもぞと開いた。何本ものゴムでできた筒が、両側から引っ張られて開いた感じだ。そこから、縦長の長方形の液晶画面が出てきた。ボット先生が浮かんだ。
 ボット先生は横長だから、画面が小さくなっていた。
『テツヤ君、探していたのでアリマス』
ボット先生は、額に汗を浮かべた焦り顔だ。
『みんな、すぐにそこから出るのでアリマス! 緊急事態でアリマス!』
言い終わらないうちに、駅事務所の明かりがパタリと消えた。


ボット先生  【第32話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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