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孤独のグルメ seasonN島 第13話

阪東橋大通り公園塩とんこつラーメン精一杯に行ってきた


先日barで飲んでて、隣の方と話をしたんだけど、どこか美味しいとこないですかと聞いたら、横浜市営地下鉄阪東橋駅の近く、大通り公園沿いのペッパーランチの隣の精一杯と言うラーメン屋の塩豚骨とネギチャーシュー丼が美味いと言われて早速行ってきた。

食したところ、ネギチャーシュー丼も普通に美味しかったが、塩豚骨は関内駅付近にある三国家と同じ味だったので、そりゃ美味いよなとは思ったものの、個人的には胡麻を入れられる分三国家に軍配が上がった。

で、最近上げてるご飯画像と共に書いてる小ネタに何年か会ってない方からわざわざLINEでお褒めいただいたんで、それならと小ネタ記載

このラーメン屋をご紹介いただいた方だが、見た目も話し方も教養もかなりまともな方で会社の役員と聞いていた気がする

日曜日の夕方に自閉症と診断された会話がまだ難しい7歳の男のお子さんを連れてそのbarにいらっしゃる。

一般的には7歳の男の子をbarに連れてくる是非を問われると思うんだけど、俺は子供が酒場に来る事には肯定派なんだよなぁ

もちろん、お店と他の客に迷惑をかけない前提であるけれども。

ただ、それは完璧には難しく、この会社役員の方も分かってるので、お店と他のお客さんに気を遣って、シャンパン入れてたんだよな。

多分、他にお客さんが一杯だったので、お店に対しての迷惑料的な意味合いだとは思うんだけど。

で、子供をそこに連れてくるのは迷惑だ的な話が一般常識だとは思うんだけど、個人的には別にいいじゃないと思うんだよな。

最近は正義が暴走し過ぎて、許さない社会になりすぎで窮屈だと思うし、ちょっと前の自粛警察じゃないけど、世論とかと同じと言う正義の御旗を手にしたら自分の閉塞的な感情を発散させるために私刑をしていいと言うわけでもない。

まあ、ネタにしたいのはそんな事じゃなくて、今ステマと呼ばれてる所謂ステルスマーケティングが嫌悪されがちの時代だが、隠れてるのはマーケティングだけじゃないよなと。

同様に自分の造語だけど、ステルスエデュケーションと呼んでるが、隠れた教育や隠れた洗脳って日常自動的に行われているんだよな。

自分自身の体験で言えば、営業として普通に仕事ができるようになってから、両親と話をするとずっと違和感を感じていて、ようやく気づいたのが、自分の両親が両方ともかなりハイレベルなコミュニケーション障害だったんだなと。

そこで、はっとしたんだけどコミュニケーション障害の会話が当たり前に普通の事として日常触れていたら、それを障害ではなく普通と認識するようになるのは必然だよなと。

つまり、自分はコミュニケーション障害の英才教育を受けていて、自分がそうだとは気づかない当たり前の事が世間ではコミュニケーション障害だったわけだ。

だからそれが原因で新卒の時は死ぬほど仕事出来なくて、何が悪いかも分からないまま、発狂してたが、書籍に救われたかな

普通に1番近くにいる人に知らず知らず影響を受けると言うか、教育されてしまうのだから、早期に大人と触れる場に行くって本人のためにはいい事なんだろうなと個人的には思う。

若い女の子の精神年齢が同年代の男の子よりも高いのは、若い女の子が生み出す価値に大人の男性が対価を支払い、女の子が先に大人との接点が増えて、大人の考え方をステルスエデュケーションされてるからだと思うのだ。

だからこそ、同年代の男友達としか遊んでいないと、二十代でも男性は精神的な子供が溢れていて、お子様天国で溺死するイメージなんだよな

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