見出し画像

何をするにも「なぜ」が大事

タイトルの通りだが、今日はちょっと目的に関して。
色んな人と会議や話し合いをする中でこの考えがあまりに浸透していないことに驚く。もちろんレベルの低い場合においてだが。

人は何か行動をするとき、その背景に必ず目的がある

・お腹が減ったからご飯を食べる。
・眠たいから寝る。
・雨が降ってきたから傘を買う。

その他、無意識にしていることもたくさんあるだろう。
別にどれも間違ってはいないが、一つにフォーカスして目的とは何かについて考える。

一番上の「お腹が減ったからご飯を食べる」にしよう。
少し言い換えてみる。
「空腹を満たすためにご飯を食べる」
まぁその通り。これ以上何を言うことがあるか。

では問うてみる。
「空腹を満たす」ことが目的であれば、
白ご飯だけでいいのか。

エピソード

一つ僕のエピソードを。
昔仕事帰りに先輩とコンビニに寄った際、僕が飲料水のコーナーで何を飲もうか迷っていた時のやり取り。

先輩:「目的は何?」
僕:「え?のどを潤すためです」
先輩:「じゃぁ水でよくない?」
僕:「いや・・」
先輩:「のどを潤すのは手段だよ。迷ってるってことは目的が違うね」
僕:「えっはぁ・・」
先輩:「それが目的的思考だよ。いいから早く決めろ!」
僕:「はいー!」

尊敬していなかったら間違いなくキレている。笑

でも今になってはっきり分かる。なるほどな、と。
確かにのどを潤すだけなら水でも何でもいい。
迷っていたということは、それを飲んで美味しいと思ったり、気分が落ち着いたり、リフレッシュされた気分になることを望んでいたはず。

だからこの場合の目的は「癒されるため」になる。
何を選んだかは覚えていないが、その目的を果たす手段として結果的に飲料水は買わなかった。

上の「空腹を満たす」にも同じことが言える。

目的が変われば手段が変わる

この至極当たり前なことをしっかり考えて行動しないと何を解決してるのかが分からなくなるし、往々にしてその問題は解決されない。

「1か月後にCMを打ちたい」

何のために打つのか。どこの課題をソリューションしようとしているのか。
なんとなく打ったら効果でるでしょ。
甘い。

極端な話ではあるが、意外にこういう会話はどこでも聞く。
いわゆる「手段から入る」と言われること。
しっかり課題抽出をして、何のために、何をソリューションするかによってはそれがCMである必要がなくなってくる場合がある。
そうすれば無駄な工数や費用を削減できるし、生産性を上げるということはまさにそういうことだと思う。

ひたすらに書きたいことを書いてしまった。
僕がこの記事を書く目的は・・・
やめておこう。笑

少なくとも「書きたいから」ではない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?