見出し画像

セルジュの舌/あるいは、寝取られた街【6/13】

前回【5/13】はこちら
初回【1/13】はこちら


 落ち着かなかった。

 カーラジオからはあべ静江の「恋はみずいろ(日本語バージョン)」が流れている。

 恵介はまるでシートベルトによって座席に拘束されたまま、爪を噛み、貧乏ゆすりをし、奥歯をカチカチと鳴らしながらセルジュの家を見ていた。

 ちらりと車のデジタル時計を見ると、江藤がセルジュの家に入ってから、5分が過ぎている。
 恵介にとっては1時間にも思える5分間だった。

(セルジュが留守だった……ってわけじゃなさそうだな……)

 それに期待していた自分がいた。
 しかし希望は簡単に打ち破られる。
 
 さらに5分が過ぎた。
 そしてもう5分。
 加えて5分。

(20分経ってる……どうしよう……)

 このまま、シートベルトを外し、車から降りて……自分の家まで帰るべきだろうか。
 江藤をセルジュの家に残して。

 自分は江藤を必死で止めたつもりだ。
 しかし江藤は聞かなかった。

 あそこまで止めたんだから、自分にはもう非はないはずだ……
 江藤のほうが、自分より倍くらい大人なんだから。

 しかし、そんな薄情なことをする勇気すら、自分にはない。

 かと言って、車から降り、例えばあの散らかった敷地内で角材か鉄パイプか、そういう武器になるようなものを探し出し、それを手にセルジュの家のドアを蹴破るべきだろうか?

 和男がそうしたように?
 その結果、和男はどうなった?
 
 ……いやますます、そんなことをする勇気が自分にあるはずがない。

(じゃあ、どうすればいいんだ?)

 ただ、ここでこうしてじっと待っているべきか?

 いつまで待ってるべきなんだ?
 ……何かが起こるまで?
 でも、一体何が起こるんだ?

 と、そのときだった。

 コンコン。

 誰かが車の窓を叩いた。

 恵介は飛び上がった……その音が、まるで雷鳴のように感じられたからだ。
 あわてて運転席側のサイドウインドーを見る……そこには誰の姿もない。

 シートベルトを外し、辺りを見渡した。
 周囲は静まり返っていて人影もないが……あれは空耳ではない。

 確かに誰かが、この車の窓を叩いたのだ。

 恵介の脳裏に、 この車の周りをアナコンダのような大蛇がぐるりと囲み、音も立てずシュウシュウと舌をちらつかせながら潜んでいる風景が浮かんだ。

 ゴクリと唾を飲み込む……やはり、逃げるべきだ。
 もう江藤なんか知るか。
 知ったことか。

 ドアのノブに手を掛けたそのときだ。

 後部座席のドアがいきなり開き、小さな人影がするりと車内に滑り込んできた。

「ひゃあっ!」

 思わず情けない悲鳴をあげる。

 振り返らずに……振り返る勇気などとてもなかった……バックミラーで後部座席を確認した。

 笑った薄い口と、小ぶりな顎が見えた。
 その下に続く、細く長い首も。

「……どうしたの? なにそんなに怖がってんの?」

 その声には聞き覚えがあった……直接、話をしたことがあるわけではない。
 しかし英語の授業中に、その声が流暢に例文を朗読するのは聞きなれている。

「ゆ……裕子……」

「え? ……気安く名前で呼ばないでくれる? あなたと話すの、今日がはじめてでしょ?」

 裕子の声は抑揚がなく、まるで台詞を棒読みしているようだった。

「なんで、ここにいるんだ? ……いつから、ここにいたんだ?」

「あなたたちの車がやってくるのを、あの上から見てたの」

 ヘッドレスト脇から、文鳥のように小さな手が伸びてきて、セルジュの家の六角塔を指す。

「さっき 家に入ってきたの、江藤先生でしょ? ……ちょうどセルジュが退屈そうにしてたところだから、あたしは気を利かせて裏口から出てきたの。家の裏にはちょっとした丘があってね、それを登って、大回りして、後ろからこの車に近づいてきたの……で、助手席にあなたが座っているのを見つけたわけ……なんか、ひどくイライラしてたみたいだけど……どうしたの?」

「せ、セルジュと、江藤先生を二人きりで会わせるために、わざわざ家から出てきたのか?」

 そこではじめて恵介は肩ごしに裕子の顔を見た。
 裕子は儚げな顔に、冷たい笑みを浮かべている。

 日本人形のように生気のない白い肌、黒目がちな目、小さな鼻、きゅっと引き締まった唇。
 でも浮かべている笑みは、友里江と同じだ。

 見慣れた公立中学の冴えない制服……白ブラウスに臙脂のリボン、紺のニットベストにプリーツスカート……に身を包ん でいても、間近で見る彼女は、著しく現実感に欠けている。

 こんな現実感をともなわない美少女がここにいていいはずがない、と恵介は思った
 ……こんな安物の軽自動車の後部座席に、 そしてセルジュの生活圏に……

 あるいは和男に聞かされた話がほんとうだとすると……セルジュの家の赤い部屋にも。

「そうよ。江藤先生みたいな食べごろの女の人、この町にはあまりいないからね……多分、セルジュはとっても喜んでいると思うわ。たぶん、江藤先生も……いまごろ大よろこびしてるわよ」

「そ、そんなわけないだろ? よくもそんなことを……俺たちの担任の先生だぞ?」

「先生だって女よ。あたしや、友里江と同じ。その他の、たくさんの女生徒たちと同じ。うちの学校だけじゃなくて、いろんな校区からセルジュの家にやってく る中学生や高校生の女の子たちと同じ。コンビニでバイトしてる、女子大生と同じ。ひまを持て余したお母さんたちも同じ。みんななのよ。あなたのお母さんだって」

「うちのおふくろ?」

 思わず身を乗り出す。

「そうよ。あのきれいなお母さん……このまえ、スーパーの駐車場でセルジュと一緒にいたら、あなたのお母さんを見かけたわ……とってもきれいなお母さんね。セルジュ、お母さんにとても興味を持ってたわよ。あなたみたいな男の子と妹さん、二人も子供を産んでおいて、あのおの張りとおっぱいの形のよさはたまんない、ってセルジュは言ってたわ」

「やっ……やめろっ!」

 思わず佳祐は大声を上げた。
 しかし、裕子はまったく動じない。

「だめよ。セルジュからは誰も逃げられないのよ。あなたのお友達だってそう。ほら、和男くん。彼だって、もうセルジュからは逃げられないわ。彼自身も、あの子のお母さんも……セルジュに目をつけられたら、誰も逃げることなんてできない」

「和男は……男だぞ? そ、そんな……」

「関係ないわ。セルジュは男の子も大好きなの。セルジュが“あの子がほしい”って思ったら、もうおしまい。抵抗することなんかできない。たぶんいまごろ、江藤 先生だって……いまごろ、セルジュにたっぷり可愛がってもらってるんじゃないかな? 先生、おっぱいもお尻も大きくて、グラマーだもんね。セルジュの好みのタイプのひとつよ。わたしもセルジュの好みのひとつ。友里江ちゃんも、和男くんもね。それに、あなたのさんも……」

「うちの妹?」冷えた血が逆流する。「ち、千帆のことか? な、なに言ってんだ? あいつはまだ小学生だぞ?」

「関係ないわ」裕子が唇を歪める。「年齢も、性別も関係ないの。セルジュはかわいいものや美しいものが好きなの。友里江ちゃんがセルジュとあの川の橋の下 でエッチしたあと、橋のうえを歩くあなたの妹さん……“千帆ちゃん”だっけ? ……が下校するとこを見たと言ってたわ。セルジュはとっても彼女のこと、気に入ってたみ たいよ。小学生にしては、妙に色気のあるをしてるって……」

「そんなこと……そんなこと許されるわけないだろ? 一体、おまえはなんであんな奴と? いや、おまえだけじゃない……なんで他の女たちも?」

「セルジュの家は、この町の女の子や女の人たちにしてみればディズニーランドやUSJと同じだもの。こんなイナカ町で暮らして退屈しきってる年頃の女の子や、生活にくたびれてる奥さんやお母さんたちに、いったいどんな楽しみがあるって言うの? ……この町や、この町に暮らしている男たちがくれない楽しみを、セルジュはただで与えてくれるのよ」

 恵介は裕子が何を言っているのか、よくわからなかった。

 ……ディズニーランドやUSJ?
 確かに恵介は、そのどちらにも行ったことがない。

 この田舎町からしてみれば、実際の距離以上に……それは別の惑星にあるもののようにさえ思えた。

「セルジュはミッキーマウスよ。この町の女にとってね」

「……あいつの目的は? あいつは何者なんだ?」

 恵介は肩ごしに裕子を睨みつけた……しかし裕子は冷たく笑うだけで、答えない。

「……先生のお帰りよ」

 はっとしてフロントガラスを見る。

 ふらふらと、車に近寄ってくる江藤の姿が見えた。

 髪はくしゃくしゃに乱れており、ブラウスのボタンは上から三つ目までが開いていて、豊満な胸とブラジャーが見えている。

 家に入っていたときに履いていた黒いストッキングは消えており、生脚をむき出しにしていた。

 よく見ると、パンプスも片方しか履いていない……その目はうつろで、頬は桜色に上気していた。
 車に向かってくる江藤の姿に恵介が言葉を失っていると、裕子が言った。

「じゃあね……でも、あなたもそんなにセルジュに興味があるなら……自分から彼の家を訪ねればいいのに」

「な、なんだって? おれが?」

「セルジュの舌がどんなにすごかったか、先生に聞いてみたら?」

 そう言うと裕子は後部座席のドアを開け、するりと車から出て行ってしまった。

 そして、まるで幽霊のように見えなくなった。

 助手席の恵介には一言もなく、江藤は車を走らせていた。

 帰り道では左一面にキャベツ畑、右にタマネギ畑のはずだが、陽はすっかり落ちてすべては闇に包まれ、その区別もつかない。

 ヘッドライトだけが、真っ暗な一本道の路面を照らしている。

「先生……どこに……行くんですか?」

 恵介は横目で江藤の様子を見た。

 江藤はブラウスのボタンをはだけたままだ。
 薄暗い車内だったが、開いたブラウスからその乳房の上半分と、レースがあしらわれたブラのカップまでが覗いているのが見えた。

 ボタンを留めないのは、ボタンが弾けたからかもしれない。

 その豊かなが、しっとりと汗をおびてぬめり、大きく息づいている。
 ガタガタと耳障りな軽自動車の排気音に紛れながら、かすかに江藤の荒い吐息も聞こえてきた。

恐ろしい……ほんと、恐ろしい……怖かった……」

 誰に言うともなく、江藤がつぶやく。
 目はまっすぐ、ヘッドライトに照らされる前方の路面を見ている。
 相当なスピードが出ていた。

 ちらりと速度計を見ると、時速90キロを越えていた。

「なにが……なにがあったんですか? セルジュの家で……」

 馬鹿な質問をしたもんだ、と後になって恵介は思い出すことになる。
 そのときには恵介にも、“なにがあったか”はだいたい想像できていたはずだ。

「聞きたい? 聞きたいんだ? ……わかってるでしょ? 襲われたのよ。あのけだものに」

「…………」

 想像通りの答が返ってきた。
 すでに恵介の喉はからからに乾いていて、唾を飲み込もうとしても、飲み込む唾が湧いてこない。

「ほんとに、ケダモノだった……なんていやらしくて、不潔で、おぞましい男なの…………あれが人間? ほんとうに、あの男は人間なの? あの目つき、あの体臭、あの毛むくじゃらの身体…………それに…………」

 そこでしばらく、江藤が口をつぐんだ。
 真っ暗な夜道を走る狭い車内での重苦しい沈黙は、恵介にとって辛かった。

 辛いのは沈黙だけではない……車内を満たしているのは、濃厚なの匂いだ。

 江藤の体臭とセルジュの体臭が混じりあったような、むせかえるような匂い。
 息を止めていたくなるような重苦しさに耐え切れずに……恵介は口を開いた。

「……そ、それに?」

っ! ……あの、よっ!」

「し、舌……」

 また、舌の話だ。

「あいつは人間じゃないっ! 理性もモラルもない人間なんてたくさんいるだろうけど、あの舌は何なの? ……いったい、あの舌はっ…あっ……ううっ……」

 江藤が嗚咽を漏らす。
 ガクン、とハンドルが左に切られ、車が蛇行した。

 すさまじい揺れに、悲鳴を上げたいところだったが、江藤の様子を見るとそれどころではない。

「うえっ……うっ……うええええっ……うええええええんっ!

 信じられなかった。
 少なくとも恵介にとっては担任教師であり、大人の女性だったはずの江藤先生が、まるで幼児のように泣いている。

「せ、先生……だ、大丈夫ですかっ? …………よ、よかったら一旦車を止めて……」

「だめっ! このまままっすぐ行くのっ!」

 江藤がくしゃくしゃになった髪を振り乱してかぶりを振る。

「ど、どこへ?」

「き"、きま"ってるでしょ? ……け"、ケ"ーサツよおおおっ!」

 江藤は幼児の声で泣き叫びながら、車を走らせ続けた。



  翌日、セルジュは警察に逮捕され、その身柄を所轄警察書に拘束された。

 地元中学校の女性教諭A(24)を暴行した容疑で。
 もちろんAは江藤のAだ。

 事件の翌日から、江藤は学校に出勤しなくなった。

 恵介は前日、江藤と警察署の前で別れた……
 ぐったりと肩を落として警察書のエントランスに消えていく後ろ姿が、いつもよりずっと小さく見えた。

 セルジュが逮捕され、連行されるところを見届けたい、と恵介は思った。
 警察の対応は思いのほか早かった。

 江藤と別れた、帰宅した翌日……恵介が目を覚ましたときには、セルジュは警察に拘束されていた。

 学校はセルジュの話題でもちきりだった。
 もちろん、その話題には女性教諭A(24)……つまり江藤に関することも含めて。

 学校でいちばん若く、男子生徒たちの妄想の的になっていた江藤が「あの」セルジュに「暴行」された、ということで噂の多くは下世話なものだった。

 女子生徒たちの 一部はショックを受け、田舎町の学校にもスクールカウンセラーが派遣されたりもしたが、多くの女子生徒たちも男子生徒たちと同じく、下世話な噂に夢中に なっている。

 信じられないことだが、学校では江藤に対して同情的な意見を耳にすることがなかった。
 男子生徒の間では、

 「やっぱりセルジュのはでかいのか」

 「どんな体位でボーコーされたんだろう」

 「で、結局、江藤はイったのか」

 などと聞くに堪えないほど卑劣で、無責任な邪推が冗談交じりに飛び交っている。

 「俺、想像してオナニーしちゃったよ」と口にするような分別のない男子もいた。

 恵介はどの噂に対しても、耳を塞ぎたい気分だった。
 連中は噂ばかりで、セルジュの恐ろしさを知らない。

 女子生徒たちの間でも噂は絶えない。

「江藤先生、すごくおしゃれしてセルジュの家に出かけていったんだって? 何か期待してたんじゃない?」とか、

ほんとにレイプだったの?」とか、

「案外、セルジュを誘ったのは江藤先生のほうだったりして」とか。

 彼女たちもセルジュの恐ろしさを知らない。
 

 しかし、あの日、江藤 の車の中で裕子から聞いた話によると……
 この学校に通学する相当数の女子生徒が、セルジュと不適切な関係を持っているという……それは事実だろうか?

 セルジュに対する非難より もこんな下世話な噂が女子たちの間で取り交わされるのは……
 裕子が言っていたことが事実で、彼女たちの多数がセルジュの虜になっているからだろうか?

 恵介は学校で女子生徒の姿を見るたび、こいつはセルジュとヤってるのか、それともヤってないのか、いちいち考えるようになってしまった。

 もしかしたら、女子たちの何人かはセルジュのスパイなのかもしれない。
 そうなってくると、恵介にとっては学校生活そのものが被害妄想のコラージュのようになってしまう。

 そういえば……友里江と裕子も、学校に来なくなった。
 和男も、一向に登校してくる気配がない。

 学校にいるとき、恵介はほんとうに、たった一人になってしまったような孤独を感じていた。
 不思議なことに、セルジュが犯した事件について、テレビも新聞もそれを取り上げることはなかった。

 恵介はネットにこの事件のことについて書かれた記事や書き込みがないか、くまなく探してみたが、徒労に終わった。

 こんな小さな田舎町で起こった出来事には……外の人間は誰も関心を持たないのだろうか?

 しかしさらに3日後、事態は急変した。
 なんとセルジュが、警察から釈放されたという。

「そういえばセルジュ、ケーサツからシャクホーされたらしいね」

 朝食の席でその話を千帆から聞いたとき、恵介は我が耳を疑った。

「ああ、そうらしいな……なんでもおまえの担任の先生が、告訴を取り下げたらしいぞ」

 と父がパンにマーガリンを塗りながら言った。片手に新聞を持って。

「う、嘘だろ? ……なんであんな奴が、釈放されるんだ? 先生が告訴を取り下げたって?」

「いや、噂だからなあ……」

 父はそう言って新聞に集中するふりをした。
 恵介の視線から逃れるように。

「あんなキンモい奴、野放しにするなんて、ケーサツってサイアク……だってあいつ、変態なんでしょ? お兄ちゃんの先生、ボウコーしたんでしょ?」

「千帆、朝ごはんのときに、そういうこと言うのやめなさい」

 母がぴしゃりと言った。
 声が奇妙に冷たい。

「でも、だってあいつ、レイプ犯だよ? 町中の女の子が危ないよ? 何するかわかんないガイジンなんだよ? ……ヤバいじゃん。超キケンじゃんっ!」

「千帆っ!」

 食卓が凍りつくくらいのきつい声で、母が千帆をたしなめる。

「でも……母さん、あいつは……ほんとうにヤバいんだ。千帆の言うとおり、ケダモノなんだよ」

 恵介は力なく、千帆に加勢した。

「そういうのを偏見、って言うのよ……あんたたちだって、事件に関して、自分で直接見たり、関係する人に聞いたりしたわけじゃないでしょ? ぜんぶ噂話のレ ベルでしょ? そんなふうに噂に踊らされちゃだめ。みんながどんな噂をしようと、それを広めないの。よけいな噂を増やさないの!」

 実は、母さん……あんたのことも、この千帆のことも、セルジュは狙ってるんだよ……と打ち明けてやれば、どんなに気分がすっきりしただろうか。

 しかし恵介は、それを口にしなかった。代わりに無言でトーストをかじり続けた。

 セルジュの釈放については、江藤が告訴を取り下げた、という事実につきものの下世話な噂に加えて、奇妙な話も恵介の耳に入ってきた。

 事件から3日目の夕方、町の警察書の前に、黒塗りの非常にクラッシクな外国製自動車が乗り付けた。

 その車から出てきた三人の男は、全員が真っ黒なスーツを纏っていたそうだ。

 そのまま3人は警察書の中に入っていった。
 門番をしていた巡査たちは、非常に緊張した様子で敬礼していたという。

 
 それから、半時間も立たないうちに、三人の黒服たちは、警察書からセルジュを連れて出てきた。

 セルジュの手に、手錠はなかった。

 三人はセルジュをそのクラシックな車に乗せると、彼を自宅まで送り届けて、去っていったという。

 恵介がその話を聞いたとき、一番最初に頭に浮かんだのは、「ブラックメン」という言葉だった。

 その連中はおそらくMIB……つまり、メン・イン・ブラックとも呼ばれる。
 恵介はこの手のことに小学生の頃から関心を持ち、いろんな本を読んで知識を得ていた。

 UFOを目撃した人々のところにどこからともなく訪ねてくる、黒ずくめの3人組。
 連中は「政府の役人」を名乗り、さまざまな圧力をかけて、UFO目撃者たちを脅迫する。

 ブラックメンの正体については諸説ある……FBIやCIAの捜査官説、さらに厳重な秘密の使命を帯びた、名前も知られていないような政府の役人説、あるいはロボットやサイボーグ説……それは彼らの雰囲気が、まるで人間らしさを欠いていた、という目撃者の証言に基づく……なかには、ブラックメン自体が宇宙人である、とする説もある。

 ウィル・スミスとトミー・リー・ジョーンズが映画で演じていたような、楽しげな秘密組織ではない。

 その存在自体が矛盾だらけであり、彼らに訪問されたUFO目撃者たちの話は、たちまち信ぴょう性を失ってしまうのだ。

 連中が、この町に? 
 ……しかしなんでセルジュを? 
 ……セルジュは政府と関係があるのか?

 しかし恵介が奇妙なパラノイアに耽溺している暇はなかった。

 セルジュが釈放されてから一週間の朝のことだ。

 恵介の親友……あの和男が、自室で死亡したという知らせが入ってきた。


【7/13】はこちら


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?