見出し画像

セルジュの舌/あるいは、寝取られた街【1/13】

【あらすじ】

ある田舎町の西の外れに住む、正体不明の外国人・セルジュ。
彼は本能のままに盗み、思うままに少女や少年や人妻に手を出し、とことんまで堕落させる。
中学生の恵介はこの男に興味を抱くが、セルジュに関わった親友・和男がとても人には言えない恥ずかしい理由で死亡する。
セルジュは一体何者なのか?
小さな町を襲う、たった一人の男による侵略と、その凄惨な結末。 
※一部に性描写・暴力的描写があります。

■全話こちらから読めます。

【1/13】 【2/13】 【3/3】 【4/13】 【5/13】 【6/13】 【7/13】
【8/13】 【9/13】 【10/13】 【11/13】 【12/13】 【13/13】

**********************************************************************************




君にやさしくするよ、むりやりなんてしない
なにが怖いの? 怖がることなんて何もないんだよ
おねがいだから固くならないで
僕の唇によだれが出てきたら

~「唇によだれ」



 3年生の友里江は学校いちばんのスケベ女で、頼めば誰でもヤラせてくれるという話だが、恵介にはどうしてもそれが信じられなかった。

 なぜなら、友里江にタダでヤラせてもらった、と喧伝しているA組の山﨑と大田、C組の岸田と岩崎、D組の武田といった連中はどいつもこいつも、恵介から見ればハッタリ野郎だからだ。

 特にD組の武田は、自分は明治天皇の遠縁にあたる血筋だ、とほざく奴なのでますます信用がおけない。

 ほかの連中が、友里江とヤったと言っているのも、それらは街に出かけたときにAKBやどこかの坂の誰かに会っただの、見渡す限り畑とビニールハウスばかりの通学路でフライン グヒューマノイドを見ただの、そういうたぐいのハッタリだと恵介はみていた。

 フライングヒューマノイドとは、近年、UFO好きの間で話題になっている、ヒ トの形をした未確認飛行物体のことだ。
 恵介は、そういうことにとても詳しかった。

 恵介は不思議と謎が大好きだが、色気に関してはそれほど積極的になれない。
 今年14歳になるが、見かけも心の中もほかの男子ほど成熟していなかった。

 しかし、そこそこ頭はいい。
 だが、ド田舎の公立中学校において恵介の頭のよさはあまり意味をなさに。

 なぜなら彼は、勉強に対しては実に不熱心だったからだ。

 しかし、直感力はすぐれていた。
 だから、友里江に関する噂はエセだと確信できたのだ。
  べつに、友里江に対して特別な感情があったわけではない。

 そんなしょうもない噂にばかりうつつを抜かしているクラスメイトを、密かに見下していただけだ。

 そうした同級生の中でも比較的信用のおける奴だと、恵介が認めている友人がいる。
 小学校時代からの親友である、和男だ。

 普段は、男子生徒同士にありがちな根も葉もないような噂話には乗ってこないタイプで、色気よりもサッカーの部活を中心とした、正しい中学生としての生活を満喫していた……

 そんな理想的健康優良児、というのが和男の印象だった。

 しかし、その日の和男はどうも様子がおかしかった。

 どうしたんだ、と恵介が聞くと、和男はしばらく言いにくそうにしていたが、恵介がせっつくのでポツリ、ポツリと先週の出来事を話し始めた。

 その夜、サッカーの練習を終えて自宅に戻る途中、和男はこの田舎町のあぜ道にぽつんと建っているコンビニに立ち寄った。
 四方を山でかこまれたこの田舎町の日没は、やたらに早い。
だからその時間、辺りはすっかり暗くなっていた。

「どうせエロい本でも立ち読みしようとしてたんだろ?」

 恵介はいつになく真剣な様子で語る和男の様子がすこし奇妙だったので、わざとからかって見せた。
 しかし和男の深刻な様子は変わらない。

「ちげーよ。ヤンマガの最新号を立ち読みしてたんだよ」

「つってもおまえ、いつもグラビアしか見ねーじゃん」

「真面目に聞けよ。こっちは真面目に話してんだから」

 やはり和男の様子はおかしい。

 いつもは活発でさわやかで、どこに出しても恥ずかしくない健康優良児の和男が、こんなに憂いに満ちた表情を見せるのは珍しい。

 その憂鬱な顔には、普段の和男からは見られない独特の魅力さえ見てとれる。
 恵介と違って、和男は同級生にもてた。

 恵介は和男とは正反対の、少し斜に構えたところのある外れものだったので、中学2年生の同級生女子からのウケはあまり芳しくなかった。

 しかしたまに、上級生の女子からはからかわれることがある。
 地元の高校生の女子たちからも、たまに声をかけられた。

 恵介本人はそう悪い気はしなかったが、 実のところ、こんな田舎町でクールでニヒルな感じを装っている童貞少年が、年上で経験済みの彼女たちには、かわいらしく映ったのだろう。

 そんなことにも気付けなかった当日の恵介は、心中で「この健康優良サワヤカ野郎」と見下していた和男ほどに、幼く無垢だった。

「で、どうしたんだよ。コンビニで巨乳グラビアガチ見してるとこ、裕子にでも見られたのかよ」

 裕子とは恵介と和男のクラスメイトで、学校一番の美少女だった。
 恵介自身は裕子に対して、何の感情も抱いていなかった。

 後に、嫌が応にもその存在を意識せざるを得なくなるのだが、それはまだ先の話だ。

 その時点で和男は、裕子に対して特別な感情を抱いていた……ことは恵介にもわかっていた。

「裕子がコンビニにいた、ってところまでは合ってる。でも……裕子はセルジュと一緒だったんだよ」

 目を伏せて、拗ねたような表情を見せる和男。

「セ、セルジュと?」

「ああ、あのセルジュと……あいつの腕にぶら下がるみたいにして、はしゃいで笑ってたよ」

「あの裕子が? ウソだろ?」

 セルジュが裕子と一緒にいた、ということよりむしろ、裕子が『はしゃいで笑っていた』ということのほうが、恵介には信じられなかった。

 なぜなら、裕子が学校で笑っている姿を、恵介は見たことがない。
 おそらく和男も、そのときに初めて見たのではないか。

 いや、学校中の誰も、裕子が『笑ってはしゃいでいた』などという事実を信じられる者はいないだろう。

「間違いない。セルジュだった。てか、セルジュを誰かと見間違える、なんてことあるわけないだろ」

「ああ……まあ、そりゃそうだな」

 セルジュというのは……本名も定かではなく、一体、何をどうして生計を立てているのかわからない、この町一番のの男だった。

 どう見ても、日本人には見 えない。
 身長は190センチを悠に超え、体重は100キロ近いかもしれない。

 まるで熊のような大男で、夏でも冬でも垢じみたグレーのコートを着て、頭には ベレー帽を載せている。

 いったい、セルジュがどこからやってきたのかは、誰も知らない。

「あんなやつが町にもうひとりいたら、この町ももう終わりだよ」

 和男はそう言って、自分の言葉にうなづいた。

「いや、じゃあ……裕子を友里江と見間違えた、ってことはない……よな」

 恵介は自分の頭に浮かんだことをそのまま口にしたことを後悔した。

「そんなわけないだろ」

「そんなわけないよな」

 友里江というのは、最初に説明した彼らの学校で一番のスケベ女だと噂されている少女だ。

 誰にでもヤラせるという噂が立つだけあって、中学三年生(恵 介や和男より1学年上である)という実年齢にしては、妙に色気があり、おっさん風の観点から見れば『なんか男好きのする』顔立ちをしていた。

 もちろん、恵介も和男もおっさんではなくまだ14歳の少年だったので、友里江の『男好きのする』雰囲気というものをよく理解できていない。

 決して、美人 でも可愛くもない。

 ただ、体つきは全体的に抱き心地がよさそうで、胸も尻も田舎町の公立中学校の野暮ったい制服のなかに、きゅうくつそうに収まっている感 じだ。

 一重のすこし厚ぼったい瞳、いつもだらしなくすこし開いている厚めの唇、いつも何かのせいで上の空、という態度……これらが総合的に、友里江の『エロさ』を形勢していた。

 A組の山﨑と大田、C組の岸田と岩崎、D組の武田、そういった連中は、友里江の張り出した胸や尻、厚い唇などそれぞれのパーツを評価して、友里江をエロい、と感じる。

 恵介はまだましなほうで、友里江の『全体的なエロさ』をなんとなく理解していたが、和男のほうは他の男子らと大して変わらない認識だった。

 かといって和男は、友 里江の性的魅力を評価することはなかった。
 むしろ、忌み嫌っていたとも言える。

 その代わりに学校一の美少女である裕子に熱をあげていた和男は、(中学生的のわりには)セックス アピールに溢れ、エロく、悪い噂がある友里江に情欲を抱くことを、自らストイックに制限していたようなところがある。

 まるで友里江に大して自分がエロい感情を持てば、愛しの裕子の存在が汚れてしまう、とでも考えているかのように。

 それじは端から見れば、実に滑稽だった。
 しかし恵介は、友人である和男にそれを伝えることはなかった。

 そんな和男が……裕子と友里江を見間違うはずがない。

 

 ところで友里江は、この小さな町で唯一ひとりだけ……件のセルジュと交友を持っている、とされる少女だった。

 町の人々はもちろん、恵介と和男が通う中学校において、友里江の私生活に関して詳しいことを知っているものは誰もいない。
 誰もいないからこそ、噂だけが彼女に関する情報のすべてだった。

「セルジュは友里江とヤリまくってんだろ? なんで裕子がセルジュと一緒にいるんだ?」

「そりゃあ……それがフランス人ってやつなんだろ」

 和男は大真面目だ。
 しかし恵介はその意見に賛同しかねる。
 
 フランス人全体がそういうわけでもないだろうし、だいたいセルジュがフランス人であるという確たる証拠すらない。
 そればかりか、「セルジュ」というのが彼の名前であるのか……誰かが勝手に呼び出したあだ名なのか、どうかすら怪しい。

「ヤバいんじゃないのか、裕子。あんなワケのわかんない奴と……」

「そうだよ。裕子は騙されてんだよ。あのガイジンに」

 吐き捨てるように和男が言った。
 恵介は、和男の目に、薄暗いものを見た。

 悪い予感がした……遠くで雷鳴を聞いたときみたいに。


「お兄ちゃん、今日さ……あたし、セルジュにイヤラしい目で見られたよ」

 夕食の席で、妹の千帆が言った。
 昼間、和男とセルジュと裕子のことを話題にしていただけに、思わず恵介はむせてしまった。

「セルジュ? ……あのフランス人?」

 むせながらも、なんとか千穂を見上げる。
 千穂のしかめっ面が目に入った。
 眉間に皺を寄せ、不快感をアピールしている。

「うん、あたしのこと、イヤラしい目でじろじろ見てた。学校の近くの橋の下から」
 
 千帆はまだ小学校5年生だが、最近、妙にませてきた。
 男性からそういう目線で見られる、ということを自覚しはじめた頃合なのだろう。

「フランス人だからなあ……フランス人の男は女には見境いがないんだよ」

 缶ビール片手にテレビの野球中継を見ながら、父がそう言って笑う。

「でも、キモいよ。ほんと、いやらしい目でじろじろあたしの脚を見てたんだから」

「え、ほんと? ……わたしもあいつに見られたわ。この前、スーパーの駐車所で」

 母が箸を挙げて頷く。

 今年で40歳になる恵介の母は、若々しく、女らしい魅力を失っていなかった。

 まだ11歳の千帆のことを“いやらしい目”でセルジュが見ていた、というのはどうも信用ならないが、母なら十分……セルジュの外見から想像する実年齢から言っても……奴の“対象内”に入っていてもおかしくない。

見境いなしだなあ。あのフランスのスケベ野郎」

 父親がそう言って爆笑する。
 親父はわかっていない……と恵介は思った。

 心配じゃないんだろうか。
 あんな変人に自分の娘や妻がいやらしい目で見られた、と言っているのに。

「ほんと? ママも?」

「そうよ。駐車場で車に荷物を詰め込んでたら、5mくらい後ろから……なんか視線を感じたの。そしたら、セルジュが駐車場の隅っこにつっ立ってて、わたしのお 尻をじろじろ見てるの。ビクッとなって振り返ったら、今度はおっぱいを遠慮なしにジロジロ見てくるの……なんか、すっごくねちっこい目線で」

 そういって身震いしてみせる母。
 しかし、口で言うほど不快ではなかった様子だ。

 相手があんな異形の変人であったとしても、女として性的な目で見られることはまんざらでもないことなのだろうか……

 それとも、セルジュが(実際ははっきりとしないが)“フランス人”だからか?

「お前ら、母娘そろって自意識過剰なんじゃねーか? いくら相手がフランス人だからって……奴だって誰でもいいってわけじゃないだろうに」

 父はやはり呑気に、さっきとはまるで逆のことを言った。
 恵介はますますセルジュのことが気味悪くなってくる。

 40代の母にセルジュが……まったく年齢不詳だが、40歳以下ということはないだろう……色目を使うのはわかる。
 しかし11歳の千帆にまで……?

 いや、あくまで噂だが、セルジュは15歳の友里江と、“ヤリまくって”いるらしい。

 やはり父親の言うとおり“フランス人は女なら見境いがない”のだろうか。

 そんな奴が自分と同じ町内に暮らしている? 
 ……みんななんで、自分ほどゾッとしないのだろう?

「ほんと、あたしの脚、ジロジロジロジロ見て、ニタニタ笑って……なんか、フランス語で言ってた」

 思わず恵介は千帆の脚を見た。
 ショートパンツから棒切れのような細い脚がむき出しになっている。

「わたしのときもそうだったわ。わたしのおっぱいを見て、なんか、ボソボソって言ってた」

 佳祐は、ちらりと母の胸にも目をやる。
 ぴったりとしたセーターを着ているせいで、乳房の豊かさが強調されていた。

「“トレビアン”とか? “メルシィブク”とか?」

 そう言って父親はまたひとりで笑った。
 どこまでも呑気な父に恵介は少しイラつく。

「でね、セルジュ、お兄ちゃんの学校の女の子といたよ」

「えっ?」

 思わず恵介は箸を止めた。

「あら、そういえば、わたしのときもそうだったわ」母が口を挟む。「確かに、あんたの学校の制服着てる女の子が一緒だったわ……なんかわたしのこと見て、セルジュに耳打ちして、クスクス笑ってて……イヤな感じ」

「それって……どんな感じの女の子だった?」

 突然、恵介が話題にはいってきたので、母と妹はすこし驚いたようだ。
 千帆は顔の筋肉を総動員してクシャクシャのしかめっ面を作り、嫌悪感を表明する。

「メチャクチャ、エロくてケバい女。いまどき、信じらんないくらいスカート短くして、くそビッチって感じ」

 間違いない。友里江だ。
 噂はやはり、本当だったらしい。

「ちーほ、お口がすぎるわよ。いちおう、一家団らんの時間なんだから」

 母が釘をさすが、父は野球中継から注意をそらして、いきなり千帆の話に食いついてきた。

なにっ! 恵介、お前の学校に、そんなエロい娘がいるのか?」

 恵介は答える気にもならなかった。
 母親がため息をつく。

「あなた、それじゃセルジュのことどうこう言えないじゃない……エロい、って言ってもまだ中学生でしょ?  ……でも、へんね……わたしがスーパーの前で会ったときに一緒にいた子は、そんな感じじゃなかったんだけど……」

「えっ」恵介の背中に、冷たいものが走る。「どんな……感じの子だったの?」

「けっこうきれいで、痩せてて、なんか儚げで……そうねえ、芸能人で言ったら、ハマベミナミちゃんみたいな感じ?」

 裕子だ。
 間違いない。

「なにっ! 恵介、おまえの学校には、そんなエロい子やハマベミナミちゃんがいるのか? ほんと、うらやましいよなあ……おまえ、学校生活が楽しくて楽しくて仕方ないだろ?」

「パパ、キモッ

 千帆がまた顔をクシャクシャにして不快感を示す。
 母もまた、父の食いつきぶりに呆れてるようだ。

「ほんっとに、セルジュといい、うちのパパといい……おじざん、って世界共通なのねえ……ところで恵介、その子のこと知ってるの? わたしが見た子と、千帆が見たそのビッ……じゃなくて、エッチなかんじの女の子」

「い、いや、し、知らないよ……全生徒の顔、知ってるわけじゃないし……」

 恵介は嘘をついた。

 セルジュも、友里江も、裕子のことも自分には関係ない……和男は親友だったが、それは和男自身の関心ごとであって……セルジュとそれにまつわる噂に関しては、自分は距離を置いておきたかった。

「恵介、おまえ……彼女とかいないの? そんなにエロい娘やハマベミナミちゃんが学校にいるんだろ? そーいうことにそろそろ、積極的になってしかるべき年頃なんじゃないの?」

 父が的外れな横槍を入れてくる。

「まだ無理だよ、お兄ちゃんには」

 恵介が答える前に、千帆がきっぱりと断言した。

「あら、なんで? けっこううちのお兄ちゃん、ハンサムだと思うけど?」

 恵介が千帆に言い返す前に、すかさず母が恵介をフォローした。

「男の子はね、ハンサムなだけじゃもてないんだよ」千帆が得意そうに言う。「お兄ちゃん、なんか前向きじゃないもの……ハキがない、ってゆーか」

「恵介は内気だもんなあ……もっと食らいついていけよ、食らいついて」

父が微妙な死語を口にしたので、また千帆が顔をしかめた。

「そうよ、恵介」今回、母は恵介のほうに味方してはくれなかった。「なーんかあんたは、いつも心ここにあらず、って感じだものねえ……問題を起こさない真面目な子のはいいけど、青春まっさかりなんだから……もっと積極性を持たなきゃ」

「…………」

 もっと何かに対して、積極的に興味を持ち、主体的に行動すべきなのだろうか……?

 今回のことは、いいきっかけかも知れない。
 無意味ではないのかもしれない。

 たとえば……和男を通して裕子や友里江や……セルジュに関わることで、自分がふつうの、年齢相応の少年になれるのならば。

 

 後になって思えば…………
 そんな余計なことを考えたのがすべての間違いだった。

 そんなことを考えさえしなければ、恵介の家族はその夜のようにずっと団欒を楽しめたはずなのに。


【2/13】はこちら


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?