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37歳の太ったおじさんが18歳の女子に顎を打ち抜かれた話


早いもので今年ももう4月。

桜が散り、急に暑くなり始めている。

僕がバイトの掛け持ちを始めてから、ちょうど1年が経った。

東京で生き延びるため、泣く泣く始めた人生初の掛け持ちバイト。

せめて経験がある仕事をと思い、学生時代と芸人初期にやっていたコンビニバイトを選んだ。

勤務する時間帯は朝勤か夜勤を希望した。

しかし実際僕が面接に行ったコンビニで空いていたのは17時から22時の夕方の時間帯。

コンビニの夕方。

THE学生さんタイムである。

学生さん達が楽しそうに働いているイメージしかない。

ていうか、おじさんが夕方のコンビニで働いているのほとんど見た事ない。

学生渦巻く夕勤に太ったおじさんが単身乗り込んでいく。

無謀。

まごうことなき無謀。

待ち受けるのは間違いなく

悲劇である。

「あのおじさんと入るの嫌なんですけどー」発生率激高である。

激高由里子である。

僕は躊躇した。

どうせ働き出してもすぐみんなから嫌がられて、一瞬で辞める事になるんじゃないか。

「銀行に行けなーい」ならぬ「コンビニに行けなーい」になるんじゃないか。

とはいえ一刻も早くもう一つバイトを始めないと本当にお金がやばい。

腹を括るしかない。

僕は嫌々ながらもコンビニ夕勤に特攻する事にした。


あれから一年。

現在の僕は足取り軽く意気揚々とコンビニに働きに行っている。

そう。

まさかの。

コンビニバイトを楽しんでいるのだ。


てっきり「コンビニに行けなーい」になると思っていたが、意外や意外「でも大丈夫!」だったのである。

コンビニの夕方、楽しそうに若者と働く37歳の太ったおじさん。

世界珍百景の一つと言えるだろう。

とはいえこうなるまでに紆余曲折はあった。

一年前このnoteに書いた

変な大学生に年下に間違われる事件や

外国人の女性に食器洗浄器のスイッチを僕が無意識にお尻で押して消してしまったんじゃないかと濡れ衣を着せられる、通称「ケツスイッチ事件」など

最初の2ヶ月程は中々大変な事が続いた。

ちなみにケツスイッチ事件に関しては僕は未だに根に持っている。

ケツでピンポイントにスイッチ押すて無理に決まってるやろ。

どんな濡れ衣やねん。


しかし2ヶ月経ったある日、色々あって僕のパートナーが変な大学生と濡れ衣着せてくる外国人から

18歳の女子に変更になったのである。

当初、僕は困惑した。

仲良くやれるわけがない。

キモいおじさん略してKO扱いされるのだ。

KO扱いされて僕自身KOされるのだ。

僕は一緒に入る事を恐れた。


その18歳の女子、ここでは仮にCさんとしておこう。

Cさんは身長が小さく言葉遣いが丁寧な清楚な感じの美少女だった。

僕みたいなおじさんが美少女と書くと限りなく気持ち悪い、完全なKO案件なのだがそれ以外に表現の仕様がないのでここはどうか目を瞑ってほしい。

そんな感じのCさんと太ったおじさんが一緒に楽しく働けるわけがない。

そう僕は確信していたのだが

ところがどっこい

数回の勤務後には僕達は仲良く談笑出来る関係となっていたのである。

"歳が離れすぎてて逆に仲良くできる"というミステリーサークルばりの謎現象が起こったのである。

色んな話をしながら過ぎていく17時から22時までの5時間は、それはそれは楽しいものだった。

毎週日曜日の16時40分頃、

東京の街に足取り軽やかにスキップする太ったおじさんが出現するようになったのである。


と、ここまで読んでこう思った方もいるかもしれない。

「おいモテないおっさん、まさかお前、18歳の事好きなってんちゃうやろな?」

ご安心ください。

それはない。

これだけは断言できる。

いくらこっちが生まれてこの方一切モテた事なくて、ちょっとでも仲良くなったらすぐ相手の事を好きになる性格をしてようが

18歳を好きになるなんて事は絶対ないのである。

なんせ私にっしゃん

理性が凄いのだ。


とにかく理性が凄いのである。

今までの人生、理性一本でやってきたと言っても過言ではない。

人並み外れた理性を持つ男。

それがにっしゃんである。

だって考えてみてほしい。

にっしゃんのこれまでの人生、

彼女出来た事ない、お金全くない、芸人続けてるけど1ミリも売れた事ない、一念発起東京出てきたけど明らかに大阪いた頃より酷なってる、実家帰っても居場所ない...etc

こんな状態で何の事件も起こさず慎ましく生活しているのだ。

これが理性が凄いと言わずして何と言おうか!

だから18歳を好きになるなんて100%無いのだ!

いくらかわいかろうが!

いくら話しやすかろうが!

いくらこんな楽しい時間は久しぶりだろうが!

それだけは絶対ないのである!

ご安心を!


にっしゃんの胸「キュンキュン」


いや、キュンキュン言うとるけど!

違うから!

これは太ってる人特有のやつやから!

心臓に負担かけてるだけやから!

それはそれであかんけど!


ある日のにっしゃんの鼻歌「グッバイ 君の運命の人は僕じゃない〜」


いや、ヒゲダン歌っとるけど!

普通にこの歌好きなだけやから!

歌詞に共感してるとかじゃないから!

もっと違う設定でもっと違う関係で出会える世界線選べたらよかった、なんて思ってないから!

全然違うから!

ある時、Cさんの髪にゴミ付いてて、それを取ってあげた瞬間なんか男女の空気が流れた気がした、とかそんな事思ったりしてないから!

その次の日から「その髪に触れただけで痛いやいやでも甘いないやいやグッバイ」の部分めっちゃ聴いたりしてないから!

ほんまに!


ある常連客は後日こう語った。

「いや、あの日曜日の夕方にいる太った店員。あれ絶対あの子の事好きですよね。もうデレデレというか態度で丸分かりですもん。たぶんあの二人凄い歳の差でしょ?倫理観とかそういうの無いんですかね、あの太った人」


誰や、お前!

何を勝手に証言しとんねん!

漫画「バキ」でよく使われてる手法やないか!

何かの闘い終わった後に一話丸々かけてその闘いを見てた一般人とかに証言させるやつ!

ていうか、デレデレとかブヒブヒとかそんなんしてへんから!


いや、本当に違うのである。

働いてて楽しいのは認めるが、それ以上でもそれ以下でもないのである。

そんな事を考えながら僕はその日も出勤した。

するとレジに昼から入っていたCさんがいて

「あ、西村さん、おはようございます!」

と笑顔で手を振ってくる。

僕は一発

「ブヒン!!」と鼻を鳴らした。

僕は昔から恋愛的な刺激があるとブタの鼻になってしまう。

でも今回は全く恋愛的な要素はないから

ブタ鼻の誤作動と言えますな。

それにしても。

あの笑顔で手を振る様。

あざとい。

あの子やはりなかなかのあざとさ。

油断してはいけない。

騙されてはいけない。

だが!

それがいい。


僕は前田慶次ばりの「だがそれがいい」を心の中で決め、バックヤードに入り制服に着替えた。

そしてその日もいつものように楽しく会話をしていた。

そんな最中

会話の話題がCさんはどんなタイプが好きなのかという話になった。

何でそんな話題になったのか覚えていないが、確か向こうから言ってきたはずだ。

わざわざ自分のタイプを伝えてくる。

これは何か匂う。

僕はそんな事を考えながら聞いた。

まず顔のタイプは特にないという。

顔は気にしないそうだ。

むむ。

僕は自他共に認めるブサイクである。

そんなブサイクに向かって顔は気にしないと言う。

これは匂う。

めちゃくちゃ匂う。

匂いすぎる。

おーいT.M.Revolution、消臭力持ってきてー!


そう僕が考えてる中、Cさんは続けて言う。

「私、体型を重要視してるんですよ!」

ほう。

体型ですか。

痩せ型とかマッチョとか。

そういう事ですな。

あれ?

ていうか。

この流れで「大きい人」とか「ふくよかな人」とか、そんなのがきたら

これ即ち

激アツなのではないだろうか。

あ、やばい。

何かくる気がする。

ふくよかな人、くる気がする。

え、どうしよう。

ふくよかな人きたら、どんなリアクションしよう。

「へ〜そうなんや〜」じゃ味気無さすぎる。

かといって「え、俺みたいな?」も相当キツい。

どうしよう。

あ、これはどうだろう。

"無言で自分の腹をじっと見つめる"

ちょっとユーモアがあって洒落てますな。

よし、準備は万端。

いつでもこい、ふくよかな人!


僕はブヒンブヒンしながらこう尋ねた。

「え、どんな体型の人がいいの??」

Cさんはじっと僕の目を見ながら

「いいの」の「の」に被さるぐらい食い気味にこう答えた。

「あ、デブは無理ですね!!!」


僕は失神した。




ピッ

ピッ

僕はレジを打つ音で目を覚ました。

ここはどこだ?

僕は今どこにいる?

どうやら僕は気を失っていたみたいだ。

徐々に記憶が戻ってくる。

ここはコンビニで僕は今、バイト中だったのだ。

手にはレジのスキャナーがあり、商品をスキャンしている。

僕は気を失いながらもレジ打ちをしていたようだ。

何千回何万回と繰り返した動作は気を失いながらも正確に行う事が出来るという。

昔これまた「バキ」でそんな話を読んだ事がある。

ていうか。

思い出した。

僕は予想外の方向から「デブは無理」という凄まじいストレートで顎を打ち抜かれて失神していたのだ。

デブは無理て。

そんなストレートに言わんでも。

てか、どんな体型がいいの?て聞いてんのにデブは無理て。

そんなん予想出来ひんやん。

そんなん顎打ち抜かれるやん。

あと今更やけど

無言で腹をじっと見つめるって何や!

どこがユーモアあってシャレてんねん!

あとさらに今更やけど

髪に付いてたゴミとって男女の空気感じたって何や!

まじで何言うてんねん!

おっさん、頭おかしいんか!


そんな事を考えながら

膝をガクガクさせまともに立ててない僕を見て、Cさんは慌ててフォローを始めた。

「い、いや、西村さんはそんなにデブじゃないです!」

どこがやねん!

俺、120キロあんねんぞ!

しっかりちゃんとしたデブやん!

正統派のデブやん!

全然フォローなってへん!


「あ、あとデブは無理っていうか、デブはデブでも清潔感のあるデブなら!」

何回デブって言うねん!

いつもの言葉遣いが丁寧な清楚な美少女キャラどこいったんや!

とりあえずデブ言うのやめてくれ!


僕の指摘を受け、Cさんは慌てて言い直す。

「あ、デブじゃなくて、その、、、

清潔感のある肉まん!!」


肉まん!?

肉まんて何や!?

デブを言い直して1発目に肉まんはおかしいやろ!

それこそふくよかな人とか色々あるやん!

肉まんて!

デブ言い直したランキング32位やん!


そしてCさんはもう一度高らかにこう宣言した。

「私、清潔感のある肉まんなら大丈夫です!!」


僕は叫んだ。

「清潔感のある肉まんて何や!!」



ある常連客は後日こう語った。

「この前の日曜の夕方、あの太った店員と若い女の子の店員が何かレジで叫んでたんですよね。何か清潔感のある肉まんとか何とか。まじで意味分からなかったですよ。新手のセールストークか何かですかね。太った店員は膝がガクガクしてましたよ。何があったんですかね。とりあえずあまりに肉まん肉まんって聞こえるんで肉まん買っちゃいましたよ。美味かったです。」


とりあえず僕は店の売上には貢献出来たようだ。









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