書評「CUEのキセキ クリエイティブオフィスキューの20年」

1992年札幌市内の1DKのマンションの1室で、あるタレント事務所が産声を上げました。その名は、「クリエイティブオフィスキュー(通称:CUE)」。道内で活動するタレント鈴井貴之の個人事務所として設立されたこの事務所は、設立当初は地方の小さな小さなタレント事務所の1つでしかありませんでした。

設立から20年。鈴井貴之は「水曜どうでしょう」という伝説の番組をヒットさせ、映画監督としても良質な作品を手がけた後、テレビドラマの企画・監督・脚本や舞台など、様々な舞台で活躍しています。

CUEにアルバイトとして所属していた大泉洋は、「水曜どうでしょう」の大ヒットをきっかけに、俳優・タレントとして確固たる地位を築いています。また、大泉洋が所属する「TEAM NACS」は、昨年「WARRIOR ~唄い続ける侍ロマン」を全国18箇所、58公演で開催し、現在「最もチケットが取れない演劇ユニット」と呼ばれています。また、2年に1度開催する事務所のイベント「OFFICE CUE JAMBORIEE」は、チケットは即日完売の上に、道外からもファンがツアーを組んで押し寄せる一大イベントに成長しました。

20年前北海道の小さなタレント事務所だったCUEが、なぜこれほどまでに大きな成長と成果を得ることが出来たのか。

本書は、CUEの舵取り役を担ってきた鈴井貴之の妻(現在は元妻)である鈴井亜由美さん(ファンの間では長年「副社」という愛称で親しまれてきました)の文章と所属タレントの声を基に、オフィスキューの20年を振り返った記念碑とも呼べる作品です。

出来る事をひとつ、ひとつ

CUEは設立当初から全国展開を目標にかかげていたわけではありません。設立当初の目標は、鈴井が手がけていた劇団「OOPARTS」のを安定的に維持するために、北海道でも役者にフィードバックできるような仕事のブッキング、イベントや番組の企画ができるプロダクションを作ろう、というものでした。

CUEがここまで成長した要因の1つは、「水曜どうでしょう」の人気が爆発したことだと思います。しかし、CUEがすごかったのは、「水曜どうでしょう」というヒットをきっかけに得た仕事で成功をおさめることで、新たな仕事を獲得していったことです。成功したことに思い上がることなく、次の仕事に全力を尽くす。アミューズとの提携、TEAM NACSの全国公演、CUE JAMBORIEEの成功は、次の仕事に全力を尽くし続けたCUEの姿勢がもたらした結果なのだと、改めて実感します。

マルチであれ

本書を読んでいて強く印象に残っているのは、鈴井貴之が所属タレントに伝えている「マルチであれ」という言葉です。

地方でタレントをやるという事は、元々仕事自体が少ないのだから、自分の希望する仕事以外の仕事でも何でもこなせなくてはならない、という意味で伝えている言葉なのだそうです。マルチであることは、CUEに所属するタレントの特徴だと思います。

大泉洋がよい例ですが、彼は俳優として数多くのドラマ、映画、舞台に出ていますが、コメディもシリアスな作品にも両方出演できる幅の広さをもった役者です。また「水曜どうでしょう」「ハナタレナックス」といったバラエティ番組でも、お笑いの才能を発揮しています。それだけではなく、スターダスト・レビューと共作した「本日のスープ」はオリコン10位にランクインし、ミュージックステーションにも出演。また、大泉洋が企画したスープカレーは、いまでは北海道のお土産の定番商品になりつつあります。

芝居もバラエティも音楽も出来るので、結果的に様々な仕事をこなせるため、事務所としても安定して収入を得ることが出来る。事務所を運営していくための苦肉の策が、結果的に他にはないCUEに所属するタレントの強みになっているのだと感じます。そして、「マルチであれ」という言葉は、これからの社会を生き抜くための重要なキーワードなのかもしれません。

日本の芸能事務所の良いところを引き継ぐ

本書の話からは逸れますが、渡辺プロダクションやアミューズといった大手芸能事務所も、元は夫婦で立ち上げた事務所でした。ビジョンを描く夫と、実務を取り仕切る妻というのも共通しています。

また、昔のタレントはマルチな才能を持った文字通り”芸人”が多かったような気がします。こうした点から考えても、CUEは日本の芸能界の古き良き部分を踏襲したマネジメントオフィスだといえるのかもしれません。そこに、CUEが人々に支持される秘密がある気がします。


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