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【白黒映画】を観ると、”今の生活”がキラキラして見えます 〜先祖への心からの感謝の気持ちも芽生えます〜

今年になり”白黒映画”をよく見るようにしています。

1896年から日本の最初の映画が始まっています。

日本における初の映画上映は、鉄砲商人であった高橋信治によって、1896(明治29)年11月、神戸の神港倶楽部で始まりました。 アメリカのトーマス・エジソン研究所が1889(明治22)年に開発し、1893(明治26)年に公開した、大きな箱の中の動く映像を覗き穴から見る方式のもので、キネトスコープと呼ばれていました。

Googleより

最初のカラー映画は1951年で、白黒映画から55年経っています。

日本初の総天然色映画『カルメン故郷に帰る』1951(昭和26)年『カルメン故郷に帰る』(木下惠介監督、高峰秀子主演)が、わが国初の「総天然色映画」として公開され、話題を呼びました。

Googleより

私は特段懐古趣味はないのですが、私が生まれていない時代の映画を鑑賞するのことには大きな意味と意義があります。

それは、一言で言えば、近い「歴史から学ぶ」ことです。

この1896年からの約55年の白黒映画の歴史から何が学べるのか。

主には、

①戦争の歴史

②日本人の生活環境

③日本人の気質

④街並みの発展 

などです。

それぞれの感想を考えます。

①戦争の歴史

義務教育(教科書)で教える戦争の歴史と違い、映像(映画)で学ぶ戦争というものは、大変に迫力があります。

戦争で何人死んだという数値を聞いても、その真の恐ろしさが分かりにくいものですが・・・1人1人の人生として観察すると、その壮絶さや悲惨さは筆舌に尽くしたがいものがある。

ある日突然に親を失った”戦争孤児”も頻繁に出てきますし、その孤児を兄弟や親戚や(善意ある)他人が育てるという社会です。

食うものにも困っており、現代生活からは考えられないような、生きるためだけの食生活です。

男性の戦死によって、残された家族の人生が大きく変わっていくことは、平和な現代には考えられない。

日本は、第二次世界大戦では原爆や東京大空襲での大量虐殺行為もありましたから、尚更、被害者の方々の”悲哀”や”凄惨”さは際立ちます。

②日本人の生活環境

洗濯機はありません。

冷蔵庫もありません。

電子レンジもありません。

クーラーもありません。

冬には凍るような水の冷たさです。

風呂は自動で湧きません。

炊飯も自動ではありません。

ガス、電子コンロもない。

100%畳の生活です。

わずか、120年内の生活です。

服装は、子供も大人も着物を着ています。

激務である”家事”や子供の野山を駆け回る”遊び”も、着物での作法や仕草が身に付いていて、洋服でなくても日常生活を支障なく出来ることも新鮮な驚きがあります。

現代人はいかに便利に生活できているのかを知るうえでは、大変に興味深い内容です。

物質的生活は、この100年ぐらいで大激変したのです。

便利で(昔にくらべ)遥かに贅沢な現代の暮らしを、とても”有難い”ことなのだと強く認識できます。

③日本人の気質

一言で言えば、”真面目で誠実な人”が多かった。(映画はもちろん悪役も出てきますが)

人に迷惑かけない、人を騙さない、人の苦労を労わる、人のモノを盗まない、人と助け合う などの日本人の気質が、白黒映画の至る所に描写されています。

現代から比較すれば、遥かに貧困ではあるが、素晴らしい日本人の”気質””人格”を感じ取ることが出来ます。

例えば、お金持ちの家の”お手伝いさん”と言われる仕事につく人も、家族同然に暮らす姿は、欧米のメイド文化(奴隷制度的)とは明らかな違いが見受けられます。

他人の子供でも地域社会で育てるというような、「子供は社会の宝」という素晴らしい気風が見られます。

私事ですが・・・、亡き実母が幼い(幼稚園・小学低学年の)私の手を取り、度々「孤児の施設(=孤児院)」に連れて行き、「ここには、戦争で親を失った子供が沢山いるんだよ」と語りながら、洋服や食物をせっせと届けていく姿が、今でも強烈に心に染みる”思い出”として刻み込まれています。

ジャニーズ問題などのような、ゲスな社会とは明らかに違います。

両親や家を失っていても、逞しく生きる姿はとても感動的で、生きることの意味や人間としての”力強さ”を感じます。

何よりも、世間は義理と人情に溢れています。

恩義も忘れない、日本人としての姿がそこにはあります。

金よりも大切なことが、人生には沢山あるとも教えてくれます。

子供の教育も、それぞれの個性が際立つように教えられ、すべての教科で良い成績を強要するような学校教育でもない。

国語・理科・社会・算数が出来なくても、体育や音楽やお家の手伝いができることを学校も社会も評価するような、まさに”人間形成”が主たる教育だったようです。

現代(戦後)の”欧米文化・文明至上主義”などは、微塵も感じさせない日本人のための日本人による教育です。

泥棒や殺人(戦争以外)も明らかに少なく、家でも鍵かけないのは一般的な時代です。

警備会社や監視カメラ社会は、もしかしたら700万年の人類の歴史としては大きく退化しているとさえ思えます。

④街並みの発展

戦前、戦中、戦後と街並みは激変していくことも、現代のような平和な時代には想像出来ないような景色がふんだんに現れます。

個人的には、故郷や東京(10年住んでいた)の景色が、激変していることは、とても興味深いものがあります。

10階建以上の建物は、ほぼ存在しませんし、ネオンもレトロで、木造が圧倒的に多い。

当然、住宅街は自然がとても豊かで、子供たちも自然の中で育ち生き生きしているようです。

東京の銀座のシーンなどは、現代と比べると、日本の繁華街の変遷の象徴のようなものですから、その変わりように驚かされます。

日本全国(地方)に東京に憧れた結果なのか、”銀座街”が大ブームとなり数百ヶ所つくられたという歴史があり、現代でも”銀座街”の看板は地方に存在します。

自動車はクーラーなどありませんし、電車は窓を開けるしかなかった。

もちろん、蒸気機関車も走っています。

”田舎暮らし”では、スーパーや商店が未整備のため、リヤカーを引く、花売り、家庭用品売り、野菜・果物売りなどが、頻繁に現れます。

”井戸端会議”などは、当時は近所の主婦が井戸水での洗濯をしていたので、決まった時間に、共有している井戸に集まることが起源なのだと分かります。

以上が、私が白黒映画を鑑賞する際の大まかな見方と感じ方です。

人それぞれに興味のある点は違うでしょうが、現代にはNETFLIXやAmazonで気軽に白黒映画を視聴出来ます。

「昔の王侯貴族のような暮らしが現代生活で実現している」ことを認識するだけでも、今の生活がとてもキラキラ輝いて見えますし、現代の暮らしが非常に”有難いこと”なのだと気づけます。

もちろん、戦後生まれが、日常生活で感じることの出来ない”平和”についても、より深く考えることが出来るでしょう。

戦争のない社会を命懸けで創り上げた先祖たちにも、心より感謝できるはずです。

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